京都出張の際のささやかな楽しみは、帰りの新幹線に乗る前にお弁当を買い込み、車中で一杯飲みながら、それをいただくことだ。豪勢な気分を味わいたいときは、伊勢丹の地下2階、銘店弁当の売り場で紫野和久傳の鯛やぐじのお寿司の入ったお弁当(すぐ品切れになってしまうのが玉にキズですが)を、軽めで美味しいものを少し食べたいときは、駅ビル内SUVACOのはしたて(これも実は和久傳さんのグループ)で季節のおばんざい的なものを買っていくのが定番。単品でがっつり、という時には、同じく伊勢丹地下2階の奥にある朽木旭屋の鯖寿司を買うことが多い。
さて、最近、京都とシリコンバレーは似ているところがあるな、と思う機会があった。きっかけは、米スタンフォード大学の名誉教授ダニエル・オキモトさんのお話を伺ったことだ。オキモトさん曰く、「シリコンバレーは、究極のネットワーク社会。個人と個人のつながりが非常に強く、誰の紹介か、誰が支援やエンドースをしているか、が大きな価値を生むところだ」という。
京都も似たようなところがある。私自身は学生時代を過ごしただけで、そのネットワークの内側にはいないのだけれど、花街のお茶屋さんの紹介システムなどを見聞きするたびに、「ここでは、誰から紹介してもらうか、から始まり、ネットワークのインサイダーになれるかどうかが、本当に深い部分を経験できるかどうかの分かれ目だ」という風に感じている。
シリコンバレーの場合、ベンチャーとイノベーション、というのが、価値創造の中心であり、speed/agility/nimbleness(素早さ)、innovation through cross-field collaboration(異質の分野の融合によるイノベーション)、mechanics to support risk-taking(金融面も含むリスクテイクを支援する仕組み)がその強みの源泉となっている。
こういった特徴は、当然ながら官僚的なチェック機構から出てくるものではない。信頼できる個人同士のつながり、そしてその中での「この人が言うなら、リスクは通常より低い」という前提があってのスピード感であり、リスクテイクまで含めたエコシステムが形成されているからこそのことであろう。
中規模ながら、動きが早く、ユニークな強みを持つ京都の企業群にも似たようなところがある。
ネットワーク社会へのアクセスが日本企業の課題
さて、デジタルを中心とした技術革新が進み、ビッグデータ、AI、ロボットを含めた非連続的変化が起こるタイミングが近づいている現在、日本企業が自前主義を超えて、「シリコンバレーを活用」する形で、イノベーションを起こすことが重要だという論を見聞きする機会が増えてきた。私自身もその通りだと考えており、シリコンバレーを巻き込んだオープンイノベーションを実現できる企業が、大きな価値を生む確率は高いと思う。
もしそうだとした場合、「究極のネットワーク社会」であるシリコンバレーの中核的ネットワークに、どうやってアクセスし、そこで市民権を得るか、というのが、日本企業の大きな課題となることは間違いなかろう。
もともとは、インテルなどの半導体から始まり、HPそしてアップルといったコンピュータ関連、ネット関連に拡大していったシリコンバレーのイノベーションネットワーク。いまでは、フィンテック、バイオといった分野でも数多くの才能とお金をひきつけ、世界でも類のないイノベーション・クラスターになっている。ここの「インサイダー」になり、兆しの段階から新しい技術とビジネスの構築に参画することは極めて重要だと考えられる。
京都の「一見さんお断り」の世界では、中に入っていくためには、そのネットワークの中で信用されている紹介者が必要だという。まったく同じではないだろうが、シリコンバレーでも、まずはネットワークへの紹介者となり、その中をナビゲートしてくれる存在が不可欠だ。日本発の現地ベンチャーキャピタルをはじめ、そのような役割を果たしている組織と個人はいくつかあるようだ。
その中でも、オキモトさんは、シリコンバレー・ネットワークの中心であり続けているスタンフォード人脈を通じて、日本企業のお世話を続けてこられた人物だ。ただ、これは基本的にボランティアベースでやってこられたことなのだが、昨今のシリコンバレー詣ブームの中で、とてもではないが、個人でやり続けるのは無理だ、と述懐しておられたのが印象深かった。
シリコンバレー・ジャパン・プラットフォームという試み
たとえば、両者をつなぐために主催するディナーには、1年間で500人以上の参加者がいるのだそうだが、すべてポケットマネーで行っておられる。また、単に日本企業の求めに応じて、ネットワークの要路を紹介するだけで済むのではなく、日本の大企業の組織文化とシリコンバレーの行動原理との大きなギャップを埋めるために、信じがたいほどの時間がかかるのだそうだ。
オキモトさんご自身のご両親が山口県と福岡県から移住した宣教師夫婦であり、その遺言として残された「日米をつなぐ役割を果たせ」という言葉を胸に、超人的努力を積み重ねてこられたのだが、そろそろ限界に近付いているというのも、むべなるかなと思う。
この状況を打開するために、米日カウンシルと日本の有志で今、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォームというNPOを立ち上げる試みが始まっている。企業からの寄付をベースに、オキモトさんのような個人的努力を組織的な仕組みにするプラットフォームを作ろう、という動きだ。
日本の企業社会で、直接的な企業投資ではない寄付を募るのは容易ではないだろうが、日本がこれからのイノベーションの波に参画し、グローバルな課題解決に貢献するためには非常に重要なことだと思う。是非この動きは応援したいと思い、私自身もなんらかの形で関わらせていただき、貢献したいなと思っている。
うまく行った暁には、京都の友人に頼んで、シリコンバレーと京都をつなぐ楽しい催しをやりたい、というのが、最近のささやかな願いでもある。
ご興味ある向きは、今後出てくるシリコンバレー・プラットフォームの情報をご覧いただければ幸いです。
Powered by リゾーム?