寄付を根付かせるのに必要な「透明性と説明責任」

 さて、少しずつ力強さを増しつつある社会貢献活動と寄付。これを伸ばしていくために、よく言われることが、「透明性と説明責任」という言葉だ。

 寄付として頂いたお金を、何に対してどのように使っているか。この透明性を高め、さらに寄付提供者(ドナー)に、積極的にコミュニケーションする。これが重要であることは、言うまでもない。企業に対してのガバナンスと同様に、透明性担保と説明責任を果たすこと、この二つが健全な緊張感を生み、浄財を効果的・効率的に使う方向に後押しをすることになる。

 ただ、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。寄付先進国の一部では、この行きすぎがかえってNPOの生産性を低下させ、ひいては必要な人たちに必要な支援をするという本来の目的を損なう例が出てきている。

 ボストン コンサルティング グループのヨーロッパチームが行ったプロボノ(スキルや経験を生かしたボランティア活動)調査の中に、実に興味深い分析結果があった。

南スーダン支援時に領収書を取ることは適切か

 ノルウェーのNRC(Norwegian Refugee Council)というアフリカ等で難民支援を行う大きなNPOの業務を調査したのだが、企業を中心とした大規模ドナーに対する報告作成に関わる時間が膨れ上がっていて、本来業務の時間を奪うこと甚だしい。

 たとえば、大手9ドナーの要求する報告書の内容がすべて異なっていて、これを統一するだけで実に年間11,000時間の削減が可能だという。内容のみならず、報告に使う数値はドナー側がまちまちに定義していて、これを一本化すれば、さらに27,000時間もの業務が削減される。

 課題は報告書の煩雑さや定義がばらばらであることだけではない。あるドナーは、「購買時にかならず領収書を得る」ということを寄付の前提としているのだが、それが行き過ぎてシリア国境や南スーダンでの緊急支援時にもすべて領収書をとれ、というのだそうだ。これでは、本末転倒と言わざるをえない。

 寄付をする側、特に法人ドナーには、株主、社員等数多くのステークホルダーがいて、彼らに対して自らが説明責任を果たすために、事細かなルールを作るのだというが、明らかに行きすぎだろう。

形式を満たすため本質から外れては本末転倒

 企業のガバナンスについても、やや遅れ気味にスタートした日本の場合、形式基準を満たそうとするあまり、本質から外れる例があるように思える。

 NPOの世界でも、寄付文化を強め、定着化させる方向に動き始めた日本。これから透明性と説明責任という言葉が、たびたび語られることだろうが、常に「必要な人たちに必要な支援をする」という本来の目的に立ちかえり、オーバーキルにならないように心がけていくべきだと思う。少しだけだが、この世界に関わっている人間の一人として、自分自身、心していこうと考えている。

 今回の話題、至極当たり前のように見えるが、ころばぬ先の杖、ということで、どうかご寛恕ください。