リスクを指摘したカーネマン論文

 この「最初に何か解を思いつく」部分のスピードアップには、一定のリスク、具体的にはシステマティックに判断を誤るリスクが存在する、と指摘したのが、行動経済学の基礎を作り、ノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンだ。

 Judgment under Uncertainty:Heuristics and Biases(Science, VOL18,1974)(不確実性下における判断:ヒューリスティクスとバイアス)という有名な論文の中で、カーネマンは以下のように述べている(引用した日本語訳は、基本的に『ファスト&スロー』というカーネマンの本の日本語版(早川書房、村井章子訳)の巻末に付録として掲載された同論文の翻訳に従った)。

―不確実な将来に関する多くの意思決定(たとえば、ビジネスにおける投資判断や戦略オプションの選択もこれに含まれる)は、「不確実な事象が起きる可能性を判断した上で」なされている。
―人間は、不確実な事象の「確率の評価や価値見積もりといった複雑な作業を単純な判断作業に置き換える」ことで、この意思決定をスピーディに行っている。この認知機能をヒューリスティクスという。
―しかし、このヒューリスティクスには、バイアスがあり、間違った判断につながることがある。たとえば、遠くにある物体はぼんやり見え、近くにある物体はくっきりと見えるのが通常なので、霧が出ていたりして「視界が悪くて輪郭がはっきり見えないときには、距離を少なめに見積もりやすい」
―不確実な事象がおこる可能性についても、同様にシステマティックなバイアスがある。

 意訳すれば、過去の経験などを参考に、解をスピーディに導くという脳の働きには、判断のスピードを上げたり、脳の容量への負荷を下げたりするメリットがあるものの、不確実な事象については、ある方向に偏った判断をしがちな部分があるということだろう。

 この論文の中で、カーネマンは次のような人物描写からその職業を推定する例をあげている。
―「スティーブはとても内気で引っ込み思案だ。いつも親切ではあるが、基本的に他人には関心がなく、現実の世界にも興味がないらしい。もの静かでやさしく、秩序や整理整頓を好み、こまかいことにこだわる」

 本来は、サンプル人口の中で、与えられる選択肢、たとえば「農夫、セールスマン、パイロット、図書館司書、医師」のそれぞれが何人ずついるか、にしたがって、彼の職業の推定を行うべきなのだが、ヒューリスティクスに従うと、今までにできあがっているステレオタイプに引っ張られて、「図書館司書」である確率が高いと答えてしまう。