「すきやばし次郎」を世界に知らしめた山本さん

 鮨の名店、すきやばし次郎を世界に知らしめた山本益博さん。彼の著作が好きで、ずっと読んできたのだが、1996年に出された『食べる:店の流儀、客の心得』(服部幸應さんとの共著、講談社)にこんな一節がある。

 「日本人がフランス料理を理解する道筋はなんでしょうか」という私の問いに対して、こういったんです。「毎日たべることです」と。(中略)
 「フランス料理と毎日付き合わなければ、フランス料理のことは終生わからないよ。それはフランス人だって同じことさ」。 で、私は3年間に2000回食べ歩くというフィールドワークを実行したというわけです

 これは、山本さんがフランス料理というものに出会い、もっと理解したいと思って、フランスの有名シェフたちに問いかけをした部分だ。

 自分のものさしを持つために、徹底的に経験を積み重ねる。これを実行することが、評論家としてひとかどのことを言えるようになるための前提条件だった、ということを他のご著書でも繰り返し語っておられる。

安倍首相がオバマ米大統領をもてなした鮨の名店「すきやばし次郎」。店主の小野二郎さんと山本益博さんは、鮨の魅力を英文併記で世界に紹介する書籍『鮨 JIRO GASTRONOMY』(小学館)を共著で出版している。(写真:Photoshot/アフロ)

「今までとは違うレベル」で楽しむための「ものさし」

 とてもとても評論家のレベルには達し得ないが、自分自身の体験でも、確かに、文化的なもの、ソフトなものの大部分は、一定の経験を踏まないと、その良さが部分的にしかわからないものだ。

 本格的なフランス料理や中国料理、あるいは歌舞伎やクラシック音楽。こういったものは、たまたま最初に好きだと思えるものに出会えても、その深さや拡がりを楽しめるようになるには、ある程度の場数が必要なのだろう。

 典型的な和食ベースの家庭料理と若干の洋風もの(たとえば、ハンバーグやエビフライ!)だけを食べて育ってきた私など、はじめてリドボー(子牛の胸腺肉)のムニエルだの相当酸っぱいキャロットラぺ(ニンジンのサラダ)を食べた時には、正直しみじみ美味しいとは思えなかった記憶がある。

 それが、場数を踏んで、自分なりのものさしができてくると、それまでとは違ったレベルで、十二分に楽しめるようになる。