お正月限定企画として、日経ビジネスの人気連載陣に、専門分野について2017年の吉凶を占ってもらいました。
今年はどんな年になるのでしょう。
(
お正月企画の記事一覧はこちらから)
「深夜の仕事が、東京の夜景をつくる」―――。
広告大手「電通」の社員で、2015年12月25日に過労自殺した高橋まつりさんは、生前母親にそう話していたそうだ。
安倍首相が「最大のチャレンジ」と位置づける働き方改革。政府は2017年度予算案に前年度比3割増の2100億円規模を投じることとなった。安倍首相の本気度がかなり伝わる数字だ。
だが、これで本当に長時間労働の解消は進むのだろうか?
結論から述べる。
答えは「ノー」。残念だがノーだ。
経営者が変わらない限り難しい、というか……無理。
だって、日本は「現場一流、経営者三流」だから。
どんなに「勤務間インターバル規制」(勤務終了時からその後の始業時までに、一定時間のインターバルの確保を義務付ける)を導入する中小企業に助成金制度を創設し(予算4億円)、どんなに労働基準監督官を増員しようとも、どんなに「22時以降は消灯」と宣言して会社の電源を落とそうとも、
「形のうえで制度を作っても、人間の“心”が変わらなければ改革は実行できません」(まつりさんの母親が命日に公開した手記より)。
日本の経営者の“心”が三流である限り、長時間労働はなくならない。
新年早々、少々辛辣な物言いに口を尖らせている方もいるに違いない。「心が三流」とは挑発的すぎやしないか?と。
ええ、そうなんです。挑発的です。でも、長時間労働がもたらす悲劇を考えれば、至極当然のこと。いったい何人の犠牲者を出せば、経営者は変わるのか。
それに経営者の“心”とは「考え方、意識、理解」を意味し(私の解釈です)、それが三流といっているだけで、経営能力を根こそぎ否定しているわけではない。
奇しくもまつりさんの母親が手記を公表した3日前の昨年12月22日。エイベックス・グループ・ホールディングスの松浦勝人社長が、長時間労働と残業代未払いなどに対する「(労基署からの)是正勧告を真摯に受け止め対応している」としながら、以下のようにブログで反論した。
「僕らの仕事は自己実現や社会貢献みたいな目標を持って好きで働いている人が多い。だから本人は意識してなくても世の中から見ると忙しく働いている人がいるのは事実。だからこそ会社の中にすぐ利用できる病院を作ったり、定期的にメンタルチェックをしたり、時間に限らない社員の労働環境をそれなりに考えてきたつもりだ。でも法律に違反していると言われればそれまで。僕らのやってきた事おかまいなしに一気にブラック企業扱いだ」(ブログより一部抜粋)
氏の言いたいことが、わからないわけではない。だが、これもやはり経営者の「心」の問題と言わざるを得ない。電通の「鬼十則」も全く同じだ。
そもそも「なぜ、長時間労働になるのか?」という根本的な理由を、どれだけの経営者が理解し、抜本的な対策を講じているのだろうか?
「人手不足」を作っているのは経営者である
長時間労働の原因が「業務量の多さ」であることを否定する労働者はいないはずだ。
ところが、これがひとたび「人手不足」という言葉に置き換わった途端、少子高齢化などの「人口構造」の問題のようなイメージになる。
でも、違うと思いますよ。この「人手不足」を作っているのは明らかに経営者。そう。経営者の問題である。
順を追って説明しよう。
まずはこちらのグラフをご覧いただきたい。これは所定外労働の経験がある労働者に「残業が発生する理由」を聞いた結果だ。(「労働時間管理と効率的な働き方に関する調査」結果および「労働時間や働き方のニーズに関する調査」結果)
ご覧の通りトップは「業務の繁閑が激しいから、突発的な業務が生じやすい」で58.5%。次いで、「人手不足だから(一人当たり業務量が多いから)」が続いている(38.2%)。
で、この回答を「労働時間の長さ」との関連で分析すると、残業の多い人ほど「人手不足」や「仕事の性格や顧客の都合上、所定外でないとできない仕事があるから」と回答する比率が高まり、週実労働時間が60時間以上の労働者では、57.4%が「人手不足」を、55.2%が「業務の繁閑」 を、さらには35.4%が「仕事の性格」を挙げた。
本来「人手不足」とは「業務量」との比較で語られる言葉だ。しかも、「業務量」や「仕事の性格」は、経営者自身の責任でコントロールすべきもの。にも関わらず、「人手不足で長時間労働が解消できない」とはいかがなものか?
このコラムで何度も書いていることだが、長時間労働が「悪」である理由は、過労死の直接的な原因になり得るうえ、過労自殺のトリガーとなるからに他ならない。
何度でも繰り返すが、長時間労働はそれだけで「凶器」なのだ。
先と同じ調査で、「強い疲労感やストレスを感じたことがありますか?」と質問したところ、「ほとんど毎日・しばしばあった」人の割合が3割を超え、週実労働時間が60時間以上の人を対象に分析すると、その割合は半数を超えた。
さらに「(自分の)現在の働き方で健康に不安を感じる(健康不安)」とした人は実に7割に達し、 4人に1人が自らの「能力を充分、発揮できていない」としたのである。なんとなくサラリと読めてしまう結果だが、ここにこそ長時間労働の真の問題が潜んでいる。
「人手不足」なのに人員確保に取り組んでいない不思議
「健康不安」は一般的にはなじみのない概念かもしれない。だが、健康社会学では数値としての「長時間労働」以上に危険とされている。
健康不安は“overwork”。すなわち「自分の能力的、精神的許容量を超えた業務がある自覚」と言い換えられる(「若者を過労自殺に追い込む「平成の悪しき産物」」参照)。
過労自殺には、
「長時間労働」⇒「overwork」⇒「精神障害」⇒「過労自殺」
という流れが存在し、“凶器”を凶器たらしめる危険かつ重大な役目を、健康不安(overwork)は担っている。
健康不安の重大さを知らずとも、これだけ長時間労働が社会問題になっているので、企業だって指をくわえて見ているわけではない。先の調査では、92.6%の企業が「残業削減に向けで取り組んでいる」と回答。結構な割合である。
ところが、である。
取り組みの結果、所定外労働時間の長さが実際に「短縮された」割合は、その半数。たったの52.8%だ。
「半数も効果あったんならいいじゃん」と反論する人もいるだろうけど、これは「半数しか」と捉えるべき。
なぜなら、取り組みの結果が出ていないのは有給休暇も同じだから。労働者にとって唯一の「休む権利」といえる年次有給休暇の取得促進に向けて取り組んでいる企業は72.0%もあるのに対し、実際の取得日数が「増えた」割合は、わずか35.1%しかないのある。
先のデータで「所定外労働の原因」に「業務の繁閑」「仕事の性格や顧客の都合上、所定外でないとできない仕事があるから」とした人にとっては、有給休暇は心身の回復を促す大きな「権利」だ。なのに、その権利さえ十分に行使できないなんて、やはり「半数“しか”」でしかない(ややこしくてすいません)。
さらに呆れるのが、所定外労働の削減に取り組みながらも「効果が実感できない理由」だ。
半数以上(50.9%)の企業が、長時間労働が発生している原因に「人手不足」を挙げながら、実際に「適正な人員確保」に取り組んでいる割合はわずか19.9%(全企業ベース)。人員不足を理由に挙げた企業に限ってみても、たった39.0%しか取り組んでいない。
これって……「ウケる~~」。女子高生のこの言葉がいちばんしっくりくるくらい、「ええ~~~っ!!???????」って事実が存在しているのだ。
つまり、上記をまとめると次のようになる。
【労働者視点】
人手不足→長時間労働→パフォーマンスの低下→メンタル低下→離職(あるいは休職)→さらなる人手不足
【企業視点】
人手不足→長時間労働→パフォーマンスの低下→プレゼンティズムによる損失→生産性の低下→コスト増につながる雇用の抑制→さらなる人手不足
といった「魔の長時間労働スパイラル」に、今の日本ははまっているのである。
ちなみに「プレゼンティズム(Presenteeism)」とは、出勤しているものの心身の不調などによりパフォーマンスが低下する状態を指す。
プレゼンティズムは、欠席や休職を指す「アブセンティズム(Absenteeism)」より深刻な状況で、企業側の損失も大きい。
大企業が負担する従業員の健康関連コストのうち、7割超がプレゼンティズムによるもので、15%が医療費、残りがアブセンティズムと労災と分析するデータもある。また、同僚などへのマイナスの影響も、アブセンティズムより高いと考えられている。
長時間労働した人ほど、出世が早い
以上のことからわかるとおり、人手不足を解消する以外、長時間労働はなくならない。
では、人手不足がなぜ生じているのか?不必要な会議など無駄な業務の存在、生産性の向上ではなく業務量の増大で売り上げをカバーしようとする経営方針……。
長時間労働の原因や、そのデメリット、恐ろしさに対する「考え方、意識、理解」。絶対に解消するという「心」を経営者が持てるか、どうか。これですべてが決まる。
ところが、実はここでも気になる数字が明らかになっている。
なんと長時間労働した人ほど、出世が早い。限りなく黒に近いグレーが「はい、黒でしたよ~」という結果が先の調査で示された。
課長代理クラス以上の昇進のスピードと「残業」との関連を調べてみたところ、
・同時期入社等と比較して昇進が「早い」人は、「普通」ないし「遅い」人より1週間の実際の労働時間がやや長い。
・「1ケ月の所定外労働時間」が 45 時間を超えた人で分析すると、昇進が「早い」人は 51.4% と、「普通」(42.2%)あるいは「遅い」(39.2%)人を上回る
といったことが明らかになったのである。
オーマイゴッド!これでは「何?長時間労働?そんなの当たり前でしょ。さすがに月100時間超えたときは、心臓がバクバクしてビビったけど、人手不足なんだから仕方ないよ」なんてことを、彼らがトップになったときに言いかねない。
まさしく三流の心。人の「心」に大きな影響を及ぼす「経験」がこれでは、悲観的にならざるをえない。
恐い。マジで恐い。実に恐ろしいことだ。
働き方改革は一億総活躍社会実現に向けた「最大のチャレンジ」だと言うのなら、「取り組んだら助成金」だなんて生ぬるい飴で釣るのではなく、「違反したら罰金」と厳しいルールを設けなきゃダメ。
長時間労働をさせられないように、インターバル規制と有休取得率向上を罰則付きで徹底して、「働けない」状況を作るしかない。
そして、違反した企業は徹底的に公表すべし。そのときはメディアも是非とも「働く人」側に立って報じて欲しい。
だって、長時間労働は「健康」とセットで考えなきゃならない問題なのだよ。過労死や過労自殺という“東京の夜景”の被害者を二度と出さないためにも。
「現場一流、経営者三流」と私が言う理由
最後に、「現場一流、経営者三流」の理由を述べておきたい。
これは経済協力開発機構(OECD)の「国際成人力調査(Programme for the International Assessment of Adult Competencies : PIAAC)」の結果で、ご覧のとおり日本の「労働者の質」は世界トップレベルであることがわかる。
PIAACは「経済のグローバル化や知識基盤社会への移行」に伴い、雇用を確保し経済成長を促すために、国民のスキルを高める必要があるとの認識から行われている。読解力、数的思考力、ITを活用した問題解決能力の3分野のスキルの調査と、年齢や性別、学歴、職業などに関する背景調査を併せて実施したものだ。
この数値は「労働者の質の高さ」と、個人的には理解している。
さらに、「技術者の質」を日米で比較すると
・米国では自動車製造業に従事している働く人たちのうち技術者が占める割合は10.1%。一方、日本では約半分の5.4%(=日本の現場労働者の技能の高さを示している)
・技術者の質(技術者1000人当たりの生産性)を、特許数を指標に日米で比較すると、1990年代中盤以降も日本の特許数は着実に上昇を続け、米国の水準を遥かに凌駕する高さを誇っている
・技術力の高さが経済価値の創出につながっているかを、GDP10億ドル当たりの延出願数(世界各地の国で出願・審査が完了し、登録された数)で見ると、日本の特許は米国の5分の1~6分の1の経済価値しか生み出していない低さ
といった事実が明らかになっている(「日本の技術者──技術者を取り巻く環境にどの様な変化が起こり、その中で彼らはどの様に変わったのか」より)。
つまり、日本の経営者は現場の「力」を生かし切れていない。
「生産性を上げて人材不足を解消する」という仕事をしない経営者が、世界に誇る質を持つ労働者を「高齢化だし~、女性たちもやめちゃうし~、人材不足だから仕方がないよね~」と、長時間労働させているのだ。
念のため繰り返すが、これは「経営者の心」の問題である。
だからこそ、希望がまったくないわけではない。
旧態依然とした「考え方」を変え、「長時間労働がなぜ、悪なのか?」を常に意識し、「長時間労働が生まれるロジック」をきちんと理解すれば、変わると信じている。
2017年は、そんな変化が始まる1年になってほしい。そして、冒頭で書いた私の予想が外れる1年になってほしい。
心の底から、そう願っている。
この記事はシリーズ「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?