実は日本人の「他者への信頼」の低さは、10年ほど前から問題視されてきた。
 世界の国々を対象に「他者を信頼する傾向」を比較したところ、日本は「他者を信頼しない国」であることがわかったのだ。

 「信頼」にはいくつかの概念が存在するが、この調査では「social trust(社会的信頼)」を用いている。

 「世の中のほとんどの人は信頼できる」という問いに、日本人の53%が「いいえ」と回答し、「はい」の43%を10ポイントも上回った。

 中国は、19%が「いいえ」、79%が「はい」と答え、信頼する傾向が高い。さらに、個人主義とされる米国は「いいえ」が41%「はい」は58%。

 地域の結びつきが強いとされるアジア圏内で、日本は「他者を信頼しない」傾向がもっとも高かったのである(Pew Global Attitudes Survey 2008 より)。

 また、2005年のOECD(経済協力開発機構)報告書では「孤独」の項目が盛り込まれ、友だちや同僚たちと過ごしたことが「まれ」あるいは「ない」と答えた人の割合を調査。

 その結果、日本では、男性16.7%、女性14%が「友だちや同僚と過ごしたことがない」(まれも含む)と答え、OECD 加盟国21カ国中トップであることが明かになっている(OECD:Woman and Men in OECD Countries 2006 )。

 不寛容社会は日本だけの問題ではなく、世界中で起きている問題だと指摘する識者は多い。
 難民問題、人種差別、ヘイトスピーチなど、すべて不寛容社会の産物だと。

 そのとおりだとは思う。が、日本の“私たちの足下”では、ちょっとばかり質の違う不寛容さが広がっているのではないか。そんな疑問も沸く。

眼は共感の入り口

 「入り口がないんですよ。僕たちのころは、『名刺交換をするときには必ず相手の目を見なさい』といわれたし、SNSなんてないから、苦手な人だろうと目上の人だろうと会って話すしかなかった。『電話じゃなく、直接伝えなさい』と何度も言われたしね。

 でも、今は名刺交換するときでも下しか見ない人が増えましたよね。それってなんか話しづらいし、そのあとは大抵メールだけのやり取りになるでしょ。すると名前も覚えられないというか、記憶に残らない。初対面でちゃんと目を合わせるかどうかだけで、その後の関係性が変わるんです。

 会って、話して、ぶつかって、怒ったり、許したり、笑ったり、喜んだりしてるうちに仕事の信頼関係ってできるわけです。

 なのに、そこに至る入り口がない。SNSのおかげで他者とつながる頻度は増したのに、信頼関係を築くのが難しくなった。まぁ、そんなことを感じる日々ですわ」

こう話す男性は社外の人とチームを組むプロジェクトでの仕事を生業にする、50代の男性である。
 入り口がない――。

 SNS世代(=20代)に表情がないなぁと感じるのも、「入り口がない」ことと通じているのかもしれない。

 そういえばトップ3には惜しくも入らなかったが、もっとも読まれたコラム4位、筑波大学の松崎一葉先生との対談「窮地のクラッシャー上司は、あの言葉を繰り返す」にも、「入り口」のヒントがある。