依然として続く「見えない鎖国」

「現場の介護労働では、高度な日本語能力は必ずしも必要ないと思います。風呂、食事などの単語がわかるだけでそこそこいけるし、介護される人が何かで困っている様子を感じるハートさえあれば、日本人スタッフにつないでくれればいいだけの話です。外国人が、わざわざ不慣れな日本語で、高齢者から詳細なヒアリングをする必要は全くないと思います」

 こう話すのは介護現場で働いている、大学院時代の私の後輩である。

 彼が所属する法人では、創始者の「ダイバーシティ雇用を大切にしたい」との考えから積極的に外国籍の方を受け入れていて、40名ほどの外国人の人たちが働いている。しかし、EPAや実習生の受け入れといった制度は使っていない。介護福祉士の資格取得支援のシステムは取り入れてはいるが、その目的は資格取得そのものにはない。

 資格以上に大切なのが、「この職場で大切にすべきことは何か?」といった法人の理念だ。そこで理念を記したスタッフブックなどは4カ国語で対応し、外国籍の方をサポートする選任のスタッフもいるそうだ。

「外国人の方と一緒に働いていて痛感するのは、彼らの普段の生活面でのサポ—トの重要性です。政府は日本人と同一賃金を保証すべしと言いますが、問題はお金だけでありません。

 外国人の夫を持つ私の知人が、日本人の夫を持つ場合と比べて保育園の費用が高く提示され、区役所と交渉してようやく同一の条件になった事例がありました。その知人が『見えない鎖国が日本にはある』と言っていました。

 日本人であれば容易にクリアできる問題が、外国人というだけで大きな壁になることが日本には多い。ただ単に『なんか困ったことがあったら、相談にきてね』というだけではダメ。どんなに母国で優秀な職員でも、日本にはネットワークがない。なので『きっとここは困るだろう』とか、『ここには支援が必要になるだろう』と、先回りしてサポートする必要があるんです。

 それは彼らとひとりの人間として向き合い、彼らに共感することです。それができなければどんなに賃金を同一のものとしても『見えない鎖国』はなくなりません」

 見えない鎖国――。なんという重たい言葉なのだろう。

 彼は日本と同じ世界有数の長寿国であるオーストラリアの介護の現場も視察し、“マルチ・カルチャリズム”が人々の間に浸透していることを肌で感じたとも教えてくれた。

 マルチ・カルチャリズム(=多文化主義)とは、人種・民族それぞれの多様な文化、歴史を尊重して、マイノリティーがそれぞれのアイデンティティーを保持しつつ、共存していくことの意義を主張する考え方または政策である。オーストラリアの介護現場のことは、先日、朝日新聞でも報じられていた(「豪州、介護も多文化主義 食事は洋・アジア系の2種/診察時に各言語で無料通訳」)。

 海外からの移民を受け入れ、全人口の約3割が外国生まれのオーストラリアでは、200以上の言語が使われている。介護制度に関する政府のWebサイトは18の言語で翻訳されていて、診察などでも各言語の通訳サービスが無料で受けられるそうだ。