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事件後のJAL社長会見への違和感

 まずは11月29日(日本時間30日)に、禁固10カ月の実刑判決が言い渡され、懲戒解雇処分を受けたJAL副操縦士の事件のおさらいから(出所:JALの報告書)。

 事件が起きたのは、10月28日のロンドン発羽田行きのJL44便。

 副操縦士は、ホテルを出てから機内で身柄を拘束されるまで、機長ら同乗クルー計13人と行動を共にしていたが、アルコール臭に気づいたのは、バスを運転していた運転手のみだった(運転手の通報がきっかけで逮捕)。

 副操縦士はバスの運転手のすぐ後ろに座り、その距離は約60センチ。機長は、さらにその1.8メートルほど後ろに座っていた。機長2人は、JALの聞き取りに対して「今になって思えば、(副操縦士は)自分たちから距離を置くようなそぶりがあった」と答えたという。

 そして、乗務前の検査をすり抜けた機長らが機内に乗り込んだところに、バス運転手から通報を受けた保安官が副操縦士を呼び出しにきた。

 ところが、副操縦士は、「アルコールは飲んでいない。マウスウォッシュによるものだ。うがいをさせてほしい」と大声で叫び、トイレに入る。その過程で保安官がアルコール臭を確認したため、警察官に連絡し身柄が拘束された。

 副操縦士の飲酒は、「乗務開始12時間前から運航終了までの飲酒を禁じる」とした運航規程に沿っていたものの、結果的に英国の法令に定められた血中アルコール濃度が基準値の200mg/Lの9倍以上の1890mg/Lだった。

 JL44便は、本来は機長2人と副操縦士1人の計3人で運航予定だったが、副操縦士の拘束を受けて2人だけで予定より1時間9分遅れで出発した。

 一方、29日の裁判で副操縦士の担当弁護士は、
「仕事で家族と長期間離れる寂しさに加え、不規則な勤務時間などによって被告は不眠症に陥っていた。酒を飲んで解決しようとしてしまい、本人も(飲酒を)問題として認識していた」
と主張している。

 この事件を知った時、私が真っ先に思い出したのが、1977年にJALの貨物便が離陸直後に起こした墜落事故だ。乗員と添乗員の5人全員が死亡し、アメリカ人機長の遺体から大量のアルコールが検出されたのだ。飛行機が炎上する映像は、当時私が住んでいた米国アラバマでも大々的に報じられ、子供ながらにショックで、めちゃくちゃ怖かったのを鮮明に記憶している。

 事件後に会見を行ったJALの赤坂祐二社長は、「世代間のコミュニケーション手段として、(飲みニケーション)を是としているところはあった。公共交通機関を担う一員として、これについても考え直さなくてはならない」と言及していたけれど、今回の一件って、コミュニケーション手法だとか、その手の問題なのだろうか……。