かつてJALが経営危機に陥ったとき、西松遙社長(当時)が社員たちと同じ空間に机を並べ、同じ社食で昼食をとり、同じ通勤手段を使い、同じ通用門、同じエレベーターを使っていたけど、とどのつまり、社員が人ならトップも“人”。

 今回の不正発覚問題の原因は、さまざまな専門家の方たちがそれぞれの専門的な知識で説明しているけど、健康社会学的には実にシンプル。
 「“人”であることを忘れた結果」――。と、私は考えている。

 「今の会社にきて、いちばん戸惑ったのは社長室がないことでした。
 いつも部下たちに見られているから、すごい緊張する。ちっともくつろげない。ホントにイヤだった。
 でもね、だから前の会社で失敗したんだってことがよくわかった。

 孤立してちゃ、経営はできない。社長は外の人とつながるのは一所懸命だけど、いちばん大切なのは社内でつながることなんですよ」

 ある企業のトップだった方が、こんな話をしてくれたことがある。
 彼は10年ほど前に、現場の不正の責任を取って辞任。社員400人の企業から、20人の企業に移った。

どんな人物でも愚かになり得る。人間だから。

 前職時代にインタビューしたときには、ブランドもののスーツでビシッと決めていたけど、このときはラフなジャケットにノーネクタイ。
 服装の変化にも驚いたけど、目線の低い話し方になったことに驚嘆した。

 当たり前のことだが、社長も人。どんなに高い知性と、先見性と、並外れた能力を持っているトップでも、基本的には“人”。ということは、どんな人でも愚かになる可能性がある、ってことだ。

 人は誰しも過ちをおかす。感情的になることもあれば、傲慢になったり、保身に走ることだってある。

 その弱さを克服するために、人は他者とつながり、他者と協力することで生き延びてきた。信頼という関係性を築くことで、愚かになったり、自分勝手になった際の保険を掛けたのである。

 企業の中でも同じことだ。

 上と下が“つながる”にはその場の空気、すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を共有できる“場”が必要不可欠。

 冒頭の会合で“下”は「毎週月曜日に社員全員にメールする社長さん」「年頭に現場に出向いて講話する経営陣」を嘆いていたけど、おそらく“上”はそれでつながると思い込んだ。
 でも、“下”はつながらなかった。

 「見る(視覚)、聞く(聴覚)」だけでは、心は“つながった”と認識できない。
 元気な会社のトップが歩き回り、昼食を共にし、社長室のバーで語りあったように、触れる(触覚)、匂う(臭覚)、味わう(味覚)が満たされて初めて心と心の距離感が縮まっていく。

 タバコの好き嫌いはさておいて、「喫煙室の会議」が盛り上がる一因も、五感の共有なのかもしれない。

 多くのリーダーシップ論には「クオリティータイム(質の高い時間)」の重要性が書かれているけど、実際には「クオンティティータイム(量を伴う時間)」が欠かせない。