今回は、「平成のトラック野郎」についてアレコレ考えてみます。
先日「なんでやねん」と、思わずつぶやいてしまった判決が下された。
定年退職後に再雇用され、同じ内容の仕事を続けた場合に賃金を引き下げることの是非が争われた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は11月2日、引き下げを容認する判断を示したのである。
訴えていたのは、運送会社に再雇用された嘱託社員のトラック運転手3人。彼らは2014年に60歳の定年を迎えた後、1年契約の嘱託社員として再雇用された。仕事内容も責任も定年前と変わらず、セメントを運ぶ仕事だった。
にもかかわらず、年収は3割ほど下げられてしまったのだ。
5月に行われた東京地裁の一審判決では、「仕事や責任が同じなのに、会社がコスト圧縮のために定年後の賃金を下げるのは不当」と判断。また、この会社について「再雇用時の賃下げで賃金コスト圧縮を必要とするような財務・経営状況ではなかった」として、正社員と非正社員の不合理な待遇の違いを禁じた労働契約法に違反しているとし、正社員との賃金の差額計約400万円を支払うよう会社に命じた。
ところが高裁では、「企業は賃金コストが無制限に増大することを避け、若年層を含めた安定的な雇用を実現する必要がある」と指摘。
また、定年前と同じ仕事内容で賃金が一定程度減額されることについて、「一般的で、社会的にも容認されている」との判断を示し、一審判決を取り消し、原告の請求を棄却したのである。
原告側代理人によると、運送業などでは定年退職者を再雇用した場合に同じ仕事のまま賃金を下げる例が多く、判決後に記者会見した原告男性(62)は「納得できない。最高裁でたたかう」としている。
私は言うまでもなく法律は門外漢。なので、法律的な解釈について意見することは控える。
だが、「一般的で社会的にも容認されている」からってナニ? 本当に、年収の3割減額が社会的に“容認”されているのか? こんなの今のトラック業界で認めちゃったら終わりだ。 一番星の“桃次郎”も泣いているぞ。
なんせ、50代前半でも「若い!」と言われ、賃金も年々下がり、「キツイ、稼げない、危険」の究極の3Kになっているのだ。
「世間も見て見ぬふりですわ」
個人的な話ではあるが、2年ほど前、たてつづけに全国各地のトラック協会に講演会で呼ばれたことがあった。なぜ、続いたのかは定かではない。ただ、どこに言っても耳にするのはトラック運転手の高齢化と、業界の理不尽な力関係ばかりだった。
「私たちの仕事は底辺なんですよ。ボロぞうきんのようにこき使われて、使いもんにならなくなったら捨てられる。世間も見て見ぬふりですわ。やっぱりみんな便利なほうがいいですからね」
乾いた笑いを浮かべながらこう話してくれたのは、55歳(当時)の大型トラックの運転手さん。「トラック野郎」の菅原文太さんにあこがれてこの世界に入ったという。
「昔は、仕事がキツくてもがんばって走れば稼げたけど、今は走っても走っても賃金は増えない。しかも、荷下ろしまでさせられたり、待たされたり、なんでこんなことまで自分たちがやらなきゃいけないんだって仕事をやらされるんです。何かあったら、すべて運転手の責任になるんだから。たまんないよね。
この業界は荷物を依頼する側が、圧倒的に強いんですよ。赤字になろうがなんだろうが、ノーと言ったら仕事がなくなります。だから経営陣はどんな仕事でも受ける。最悪ですよ。
あと免許制度が変わったのが、ダメだったね。あれで若い奴ら、いなくなっちゃいましたからね。
昔は普通免許で乗れたトラック(車両重量8トン未満・最大積載量5トン未満)が、中型免許がないと乗れなくなった。中型免許は20歳にならないと取得できないので、高卒で入ってきても、2年間は事務仕事をやらされるんです。
だから半年もたつと、飽きてやめちゃう。運転したくてウズウズしてるようなヤツが、事務仕事に耐えられるわけがないですよ。
建設にいったほうが稼げるしね。あっちは結構、労働環境いいし、同じ人手不足でも、うちらの業界とは真逆です。
自分でいうのも何ですけど、若い奴らは運転手なんかにならないほうがいいですよ。トラック運転手って底辺の仕事なんですよね。みんな体を酷使しながら世間様の荷物運んでるのに、勉強もしないで生きてきたんだからこき使われても仕方がないだろう、って目で見られますから。
私もね、なんどか転職しようと思ったんだけどね。……まぁ、難しいっていうか、無理だね。この年になって運転するしか能がないんだもん。トラック野郎に憧れて走ってた時代が懐かしいね。アッハハ。情けないね」
毒餃子事件がもたらした運転手への「責任転嫁」
少々補足しておく。本来、トラック運転手はクルマの運転だけが仕事だが、個人向けの小分けの物流が増え、その荷物を倉庫から出したり、重たい荷物を積み込んだりするのをドライバーに任せる荷主が増えた。
積み下ろし場所には全国からトラックが集まるので、2~3時間の順番待ちはざら。また、積み下ろしの拠点は複数あり、必然的に拘束時間が増える。夕方荷物を積んで、夜通し走って、朝荷物を下ろすという、完全なる深夜勤務。拘束時間が増えれば睡眠時間を削るしかない。
どんなに国が「4時間走ったら休憩せよ」と規制をかけたところで、「ちょっとでも遅れると文句をつけられる」ため、休んでいられないのが実態なのだ。
しかも、「万が一、荷物を破損させた場合には運転手の責任となり、給料から天引きされる」というのだから、たまったもんじゃない。
きっかけは、2008年に発覚したの中国製の「毒餃子事件」だった。
中国の食品メーカー天洋食品が製造した冷凍餃子に、同社の作業員が殺虫剤の成分を混入させ、日本人10人が中毒を起こしたこの事件以来、商品の段ボールが少し破損しているだけで「何か細工がされているのでは?」と拒否する荷受け先が急増したそうだ。
荷受け先はメーカーにクレームを付け、メーカーは運送会社のせいにし、運送会社は運転手に責任を転嫁するという、「末端の弱者が叩かれる」という最悪の構図が出来上がってしまったのだ。
私が話をさせていただいた方の中には、国の規制緩和が「悪夢の始まりだった」とする人もいた。
運転手の労働環境は、規制緩和で悪化した
規制緩和が行われるまでは、国が運輸業への新規参入に強い規制をかけていたため、運転手の労働条件はかなり良かったそうだ。ところが規制が緩和され事業者が急増。バブル崩壊と重なり価格競争が激化し、運転手の賃金は激減した。
低賃金、運転免許制度改定などで若者はいっこうに増えず、2006年には92万人だった運転手人口は、わずか2年で86万人まで減少。ひたすら運転手の高齢化だけが進んだ。
この状況は以下のグラフを見れば、一目瞭然である。人手不足は今後さらに拡大していくと予想されている。
(出所:「自動車運送事業等における 労働力確保対策について」国土交通省)
(出所:「自動車運送事業等における 労働力確保対策について」国土交通省)
上記のデータは、いずれも国交省の「自動車運送事業等における労働力確保対策について」から抜粋したもので、「運送業の労働力不足は、我が国の成長戦略が進化していくに当たりボトルネックとなり得る大きな問題」という認識のもとで作られた。
「うん、うん」とうなずける内容になっているのだが、「ベテラン運転手」たちの救済策は見受けられない。「女性活用」と「若者雇用」のことばかりで、今、この時間も聞こえてくる“悲鳴”は放置されている。
「ココに書いてある未来図が実現される頃には、オレらは過労死してるよ」
こう嘆く運転手の方もいた。
今の状況になぜ、手をつけない? 荷主への指導や処罰でもいいし、待機時間にコストを発生させて、運転手の賃金アップに反映させるように荷受け先や運送業者に義務づけるとか、やり方はいくつでもあるはずだ。それが労働力確保につながるんじゃないのか。
未来を語り、現在をないがしろにするのはなぜ?
だから、納得できないのですよ。こういった状況での今回の判決は。やっぱりおかしいよね、と。
だって、「再雇用時の賃下げで賃金コスト圧縮を必要とするような財務・経営状況ではなかった」わけで(一審判決)。
「一般的で、社会的にも容認されている」という理由で、同じ責任・同じ仕事なのに賃金を3割も下げるだなんて、申し訳ないけど私には理解できない。「一審の判決を認めたら若手の労働環境をさらに悪化させる」という人もいるけど、ベテラン運転手たちは? 彼らは“ボロぞうきん”のように使われても仕方がないわけ?
なんでいつもこう、声なき悲鳴を救い上げることなく、未来図ばかりを描くのか。 なぜ、「今」をないがしろにする?
平成27年度の過労死の労災請求は、「輸送・機械運転従事者」がトップだ(161 件 20.3%)。
過労死とは、いわば突然死。長時間労働や、深夜勤務などの過重な負荷が積み重なったことで、脳血管疾患または虚血性心疾患などが引き起こされる。
「ならば自動運転を!」と、自動車業界に詳しいジャーナリストの井上久男さんにお話をうかがってみたところ、次のような事情を教えてくれた。
「現状の自動運転技術は運転手がいることが前提なんですね。クルマを運転するのはあくまで人で、自動運転技術はサポート役。ただ、ディープラーニング(AIの深層学習)や3Dマップなどを活用し、完全自動運転を目指す開発が急速に進んでいます。いずれにしても、想像する以上に早いスピードで人と車の関係は変わるでしょうね」
井上さんが指摘するとおり、独BMWと米フォード・モーターはレベル4(加速・操舵・制動すべてにドライバーが全く関与しない完全自動走行システム)に相当する自動運転車の量産を2021年までに始めるとそれぞれ表明している。
つまり、未来の運送業界の働き手は「若者」でも「女性」ではない、「クルマ」になるかもしれないのだ。
「世間も見て見ぬふりですわーーー」
55歳の運転手さんの言葉は、私をとてつもなく後ろめたい気にさせる。
昨日も、そして今日も、我が家には宅急便が届く。本、冬用スリッパ、有機玄米、加湿器のフィルター……。どれもネットで注文してからあっという間に届く。毎朝、商店街には商品を搬入するトラックが列をなし、高速を走れば大きなトラックがゆらゆら揺れながら、前にも後ろにも、そして隣の車線にも走っている。
私たちの便利を支える業界はブラック化し、そこで働く人たちは命を削りながら働いている。便利さが環境を壊す時代から、便利さが人を壊す時代になった。世の中で起きている大きな問題に、私たちは必ずといっていいほど加担している。
この現実に、私たちはどう向き合えばいいのだろう。
高いお金を出して有機栽培の野菜を買うように、高いお金を出して輸送される商品を買うのだろうか。
コレと言った答えをここで出せない自分がいる。ただ、だからこそ、今回の高裁の判決には異を唱えたい。定年前と同じ仕事内容で賃金が一定程度減額されることについて、「一般的で、社会的にも容認されている」……って。3割の減額が「一般的」とか「社会的に容認」と言うなら、業界の労働環境をきちんと勉強してほしい。
これでは、世間だけではなく、司法までもが「見て見ぬふり」をしていることになってしまう……。
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