エヴァンス博士らによる論文「老人抑制の神話」

 「身体拘束が問題となっているのは日本だけではない」という文言で始まる文章には、欧米で激減するきっかけとなった1本の論文が紹介されている。

 これは米ペンシルバニア大学のエヴァンス博士らによる「老人抑制の神話(Myths about elder restraint)」(1990)で、「老人は転倒しやすく、転倒すると大きなけがになってしまうので、拘束するべきである」という一般的な神話に反証。先行研究などをレビューすることで介護を考える基礎となる極めて大切な知見を世界に知らしめた貴重な論文である。

 具体的には神話を5つに分類し、各々次のように反証している。

神話1「老人は転倒しやすく転倒すると大きな怪我になってしまうので拘束すべきである」

  • 拘束が効果的という科学的な裏付けは全くない。
  • 「拘束が効果的」と教育されるから、拘束という行為に直結するのであって、拘束しない方法を教育されているスコットランドには拘束がない。

神話2「傷害から患者を守るのは看護者の道徳的な義務である」

  • 拘束によって生じる弊害の方が大きい。
  • 弊害が大きいと知りながら拘束する、という看護者の道徳とはなんであろうか?

神話3「拘束をしないと、転倒などでけがをしたときには看護者や施設の法的責任問題になる」

  • 拘束を行なったことによって生じた医療事故も存在する。

神話4「拘束しても老人にはそんなに苦痛ではない」

  • 「私は自分が犬になったように感じ、夜中中泣き明かした。病院は牢獄よりひどいところ」(エヴァンス博士が行なったインタビュー調査より)。

神話5「拘束しなければいけないのは、スタッフが不足しているからである」

  • スコットランドの看護者の人員配置は米国と同じだが、米国と比較して拘束の割合が低い。
  • ケアスタッフを増やすことなく拘束を減らした事例も多くの文献で示されている。
  • 拘束された患者の方の場合、観察時間が増え、結果的に看護の必要度が増し、費用が増加したとする研究結果もある。
  • 以上からスタッフが足りないから拘束をすると、逆に人員不足に拍車をかけることになる。

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