「女性活用は、もういいです」

「ホンネは、もう、女性活用はいいです。うちの会社では7年前から、女性の管理職登用を進めてきました。最初の頃はよかったんですよ。女だからこれ以上先はないと諦めていた女性社員が、役職を全うしようとものすごくがんばった。

 周りの男性陣も『良かったな』と好意的に女性たちの活躍を受け止めていたので、男女格差は時間が解決すると信じていました。

 ところが女性課長が増えたことで、ややこしい問題がおこるようになってしまったんです。

 『管理職にはなりたくない』と文句を言ったり、『今までやってきた部署でやるのが会社にとってもプラスなる』と自分で配属先を上司に進言したり。

 つい先日も、これまでは地方の支店を2年ほど経験させてから昇進させるというのが慣例だったのに、地方勤務を拒否してきた女性を昇進させることになった。当然、男子社員たちは面白くない。『女性はわがまますぎる』と嫌がる人も出てきました。

 結果、女性の管理職は3年前をピークに全く増えていません。ゼロという部署も出てきました。

 男性の場合は、最初はおろおろしてても役職に就くと成長する。ところが女性は組織より個人的な意見を優先します。

 女性ってやっぱり男とは違う。組織の論理を全く理解しようとしないのでものごとが進まないんです。

 だから、もういい。女性たちにもっと変わって欲しいです。組織の論理を学んで欲しい。もちろん能力ある人は男女に関係なく評価します。あとは女性たちのやる気次第だと思っています」

 こう話すのは大手企業の部長さん(男性)だ。女性管理職が増えるどころか、減ってるだなんて。なんて、もったいない話なんだ。

 確かに、女性は盾突くことを恐れないので、イヤな気分になるかもしれない。ポジションを守ろうとか、しがみつこうとか、そういう気持ちはさらさらないから、彼女たちの発言は、上司たちにとっては“わがまま”にしか聞こえないことだろう。

 が、そのわがままは、本当にわがままなのか? と。女性だけが思っていることなのか? と。

 わがままと烙印を押さずに、「慣例」がなぜ慣例になっているのかを議論すると、新たな可能性が見えるかもしれないのに、もったいないとしか私には思えないのである。