個人的な話で恐縮だが、私が第一回の気象予報士試験で合格したとき、お天気キャスターのパイオニアである森田さんは落ちた。当時私が勤めていた民間の気象会社で、私に手取り足取り天気のいろはを教えてくれた、ベテランの予報官の人たちも全滅だった。

 試験とは水もの。試験を受けさせる側が用意した設問に「うまく答えられるかどうか」を、測るもので、個人が秘める能力や、その先の職業生活で求められる能力が測れているとは限らないしろものなのだ。

浪人とは、人生の道草でもある

 浪人する人の中には、「高校時代遊んでしまった人」「落ちてしまった大学に再チャレンジする人」「もう少し時間をかけてワンランク上を目指す人」など、理由はさまざまかもしれない。

 だが、いかなる理由であれ、浪人とは、人生の道草でもある。

 あの「でんじろう先生」が4年間の道草を経験したというのを、雑誌か何かに書いてあるのをみたことがあるが、それは道草の効用を痛感させるものだった。

 高3のとき父親を亡くしたでんじろう先生は、国立を目指したが「力不足(本人談)」であえなく浪人。予備校も通わず自宅で勉強したが、2年目も浪人。
 2浪中はメンタルが低下し、心配した母親の勧めで近くの工場で、大人たちに交じって働いたことで元気を取り戻し、受験勉強に復帰するも、3回目の受験にも失敗する。

 「これ以上、母親に負担をかけられない」
 そう考えたでんじろう先生は、牛乳配達をしながら受験勉強をし、4回目のチャレンジで晴れて国立大学に合格した。

 でんじろう先生が、40歳になったときに高校の教師を辞めて、「フリーの理科の先生」にチャレンジできたのも「自分を信じてコツコツ頑張ればなんとかなる」と思えたからだという。

 大学の教育実習のとき(私は教育学部だったので)、現場の先生がいつも言っていたことがある。

 「先生になりたい人は、子供の時に逆上がりができなかったような人がいいのよ」と。

 先生いわく、「最初から逆上がりができた人は、できない子供が『なぜ、できないか』を理解できない。でも、最初はできなくて、いろいろ試して、苦労してやっとできるようになった人は『なぜ、できないか』を理解できる。そういう人は、できない子供の目線で物事を教えられる」と。

 

 でんじろう先生が子供に人気なのは、先生がまさに「逆上がり」ができず、道草をしてきたからではないか。勉強がわからない子供に寄り添い、「楽しい」という人間に根源的に宿る感情を引き出しているからだと思うのだ。

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