宮内:そう、それは大きいですね。乾さんが会社を引っ張って走り出すと、仕事が次々と生まれてきて、先生業ばかりもやっていられなくなりました。商売をするためには、顧客に「そもそもリースとは」と説明をしなければいけない。毎日毎日1日に何回も「私たちがやるオリエント・リースのリースとはこういう取引で、御社にはこれこれのメリットがあります」と小さなミーティングを開いていました。気がついたら、誰のものでもない、他ならぬ自分の仕事になっていたんですよ。

河合:仕事が面白くなっていった?

宮内:というよりも、自分自身「これは、この会社にもう少しいなければいけないな」と思うようになり、ずるずると居続けることになったんです。

河合:私の専門分野では、そういう感覚を「有意味感」という言葉で表すんです。自分がやっていることには意味がある、自分の存在には意味がある、と思える感覚です。

宮内:なるほど、そういう言葉があるのですか。僕は、「自分が必要ないと思われている」なんて感じたことは、ここ数十年間一度もありませんでした。…ああ、ただ、思い起こしますと、学生時代に米国へ留学して、帰ってきて商社へ入ったときに、その有意味感というものを失ったことがありました。

河合:というのは?

宮内:ニチメンに入社した僕が一番最初に配属されたのは、調査部というところでした。調査部というのは、学校みたいなところです。会社の統計だなどといって、話だけは大きいのです(笑)。それはそれで学生時代の続きみたいで退屈ではありませんでしたけど、その次に行ったのが企画の担当の下請けみたいな部署だった。自分の考えていた商社の仕事とは、まるで違いました。

河合:海外で物を売ってくると思っていたんですよね。

宮内:その通りです。海外で英語を喋りながら仕事をしたいと思っていたのに、実際はまったく違いました。後から考えれば「アメリカまで行ってきたんだから、しっかり育てよう」と配属先を決めてくれたのだと思いますが、若い時はそんなことは分かりませんから。もう、これは違うなと。それで辞めてやろうと思ったんです(笑)。

河合:それは入社して何年目ぐらいですか。

宮内:まだ2年もたっていないころです。これはたまらないなと(笑)。

河合:それでどうされたんですか?

おやじの話はけっこう正しい

宮内:社会に出て2年で、やはり、まだ子供ですから、父親に相談したんです。おやじと酒を飲みながら「会社を辞めたいと思う」と。おやじは当然、理由を聞きます。そこで、かくかくしかじかこんなことでと、配属先のことを話したら、父親に言われました。

 「辞めるのは一向に構わないと思うけれども、石の上にも3年という言葉がある。3年はやってみなさい」と。 

 父親の言うことだから聞くかと思い、それで辞めるのをやめた記憶があります。

河合:なるほど…。

宮内:そうしたところ、ちょうど、本当に3年を過ぎた頃に、オリエント・リースの話が出てきましたから。後で思うと、おやじというのはなかなかいいことを言うなと(笑)。

河合:僭越ながら私もCA(客室乗務員)を辞めようかなって思った時に、「石の上にも3年っていうからとりあえずやらなきゃ」って。そうしないと元スッチーですって、言えないなぁって思って4年間やりました(笑)。

宮内:3年あればいろいろな経験もできるし、自分も周りも変わりますからね。

河合:学生に講義するときも、「石の上にも3年だから、アレコレ考えずに目の前のことをひたすらやりなさい」と言っています。そうすると学生が「そんなこと初めて聞いた。誰も言ってくれなかった。『とにかく自分に合う仕事を選びなさい』って言われてきた」って。

宮内:今の就職指導は、基本的に大間違いをしていると思っています。