日本は「目に見えない鎖国状態」にある

 このニュースはこちら(「外国人歓迎」と言いつつ鎖国続ける嘘つき日本――いまだ変わらない「仕方ないから外国人で」的差別意識――)でも取り上げ、

「日本人であれ、外国人であれ、『労働』するためだけに人は存在するわけじゃない。どんな人にも生活があり、大切な家族がいる。母親であり、父親であり、子どもでもある。
 そんな当たり前が、「外国人」という接頭語が付けられた途端、忘れさられる現実が日本にはある。外国人労働者となった途端、『モノ』のように扱われてしまうのだ」
 と書いた。

 これに対し、コメント欄は大炎上。

「低賃金がイヤなら母国に帰ればいい」
「犯罪が増える」
「オマエはメルケルか」
「日本語をまともに話せないなら、日本にいる資格なし」
「低賃金労働者の人権を語るなんて聖母マリア気分か」
「あんたが外国人ベビーシッターでも家政婦でも雇ってみればいい。自宅の鍵をあずけ、家財もそのままで」
etc.etc……。

 私の文章が稚拙だったのが原因かもしれない。が、批判コメントの8割超が、私のコラムを批判しながら、外国人労働者の「人権などどうでもいい」と書いているようで、「日本は目に見えない鎖国状態にある」と改めて痛感し、正直悲しかった。

 過剰なまでの多文化共生アレルギー。外国人は「よそ者=集団の内部に存在する外部」であり、「一緒に働く仲間」として受け入れる必要はない。そんな社会の空気が、政府が断じて「移民」と認めない姿勢に影響を与えているのでは、と思ったりもする。

 そこで、今回は「外国人労働者の実態」を、ストーリーではなく、客観的な数字で詳細に捉えてみようと思う。
 というのも、コメント欄炎上から2年の間、外国人労働者がいる企業をあちこちでみて感じたのが、「ちゃんとやっている企業はちゃんとやっているし、ひどい企業はとことんひどい」ってこと。
 加えて出身国によっても日本人の「まなざし」は変わる、という悲しい現実もある。
 そこで「外国人労働者」を主語にすることをやめ、「企業」にスポットを当てれば、違う角度からこの問題を考えることができるのではないか、と考えた次第である。

 参考にするのは、日本政策金融公庫総合研究所が18年に発表した「中小企業における外国人労働者の役割~『外国人材の活用に関するアンケート』から~」と題された、調査結果だ。

 対象は、日本政策金融公庫国民生活事業および中小企業の融資先のうちの、法人1万5970社である(調査実施は16年8~9月)。

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