残業代が支払われていれば、いい会社???

 それに、「残業代をなくせば、残業をしなくなるのでは?」といった意見が長時間労働削減問題では必ず出るけど、これはあくまでも「する必要がないのに、ダラダラとやっている」場合の処方箋に過ぎない。

 業務量過多になっている人たちの残業代をなくせば、サービス残業が増えるだけ。

 たとえば、残業代のつかない管理職の、実に8割弱がサービス残業をしているとの報告もある(労働政策研究報告書「仕事特性・個人特性と労働時間」)。非管理職の「月間サービス残業時間」が「月間総労働時間」に占める比率 が7.1%であるの対し、管理職のそれは 15.6%となると試算されているのだ。

 つまり、これまたけったいなことなのだが、同じ長時間労働でも、サイレント残業肯定派たちは、「きちんと払われていれば、いい会社」、「きちんと払われていなければ、ブラック企業」とジャッジする。

 どちらも「過剰な業務を押し付けている」という点でも、「人権を守っていない」という点でも、なんら変わりがないはずなのに、カネが問題の本質を覆い隠す。業務量の適正化ができない経営者の無能の産物であるはずの残業を、「お金」が凌駕してしまっているのだ。

 人間の心は常に矛盾に満ちているものだが、とかく長時間労働に関しては、本音と建前が入り乱れる。そして、そこに健康という係数が入ることで、さらに矛盾が複雑化する。

 ちょっとがんばったり、ふんばったり、我慢したりする能力を持ち合わせた人間にとって、健康は失ってみて、初めてその大切さがわかるもの。その大切さがわからないから、「うちの会社、ブラックなんです」などと、あっけらかんと言えてしまうのだろう。

 だからこそ、36協定を廃止し、労働時間の上限を超えている企業を徹底的に取り締まり、サービス残業をさせようものなら即逮捕、というくらい厳しい法律を作る必要があるのだが、「それは現実的ではない」という一言がそれを許さない。理想なき経営、理想なき国家が「現実的でない」という言葉に屈服する。

 本当はそうなればなったで、必死で知恵を絞り、どうにかその中でやっていく力も人間は秘めているのに。その秘めた力「=知恵」に期待する人はごく少数。

 理想なき社会は、人の力よりカネの力を妄信するのである。

 そして、もうひとつ大切なことを付け加えねばならない。ストレスマネジメント能力を高めることは、長時間労働の解決策にはならない。どんなにストレスマネジメント能力に長けようとも、長時間労働によって減らされる睡眠時間をカバーする手だてなど存在しない。「KAROUSHI」という言葉は、ストレスマネジメント能力の脆弱性ではなく、悪しき残業文化と強く関連していることを絶対に忘れてはいけないのだ。

 ……とまぁ、こうやって考えていくと、長時間労働大国となっている日本の闇は深すぎるほど深い。だからこそ余計に、「働き方の理想」を訴えていくことは大切のように思う。と同時に、もっとパートタイム労働者を増やしてはどうだろうか。

 日本ではフルタイムが基本になっているので、パートタイムだと補助的な仕事しか与えられない。その考えを改め、パートタイムでも能力のある人には責任ある仕事を任す。非正規、正社員という雇用形態で選別するのではなく、パートタイム、フルタイムとその会社で働く「時間」で分け、もっと能力あるパートタイマーを活用すれば、残業も減らせるし、人手不足にも対応できるし、時短勤務のワーキングマザーの居心地の悪さも解消する。

 ん? これも現実的でない? なるほど……。その言葉に隠された本音は、なんなんでしょうかね。

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