お嬢さんの死の公表を望んでいなかったご家族が、なぜ、「自発的な対外公表を要望」したのか。その心情を少しでも考えたことがあるのだろうか。過労自殺や過労死は、ご家族が公表を望まないことも多いし、労災(過労死)申請が行われないこともある。大切な人を亡くし「そっとしておいて欲しい」。その気持ちは“自分の大切な人”を亡くした経験があれば、痛いほどわかるはずだ。

 そして、NHKのトップはいったいどんな気持ちで高橋まつりさんの死を報じる自局の報道を見ていたのか?

 まさか「黙っておけばバレない」とでも思っていた?
 あるいは「うちは過労死だから、過労自殺とは違う」とでも考えていたのだろうか?

 確かに、これまでも繰り返し指摘しているとおり過労死と過労自殺は別物である。
 2014年に過労死遺族たちの「過労死をなくそ う」という活動がやっと実を結び、制定された「過労死等防止対策推進法」が、“等”となっているのはそのためだ。

 過労死等防止対策推進法では「過労死等」を、以下のように定義している。

  1. 業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡
  2. 業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死
    (これら脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害も、死に至らなくとも「過労死等」に含まれる)

 1の「過労死」と2の「過労自殺」は、どちらも「過労」による「死」であることに変わりはない。が、過労死と過労自殺は明確に分けて考える必要がある。

 過労死では長時間労働が直接的に関係し、過労自殺は長時間労働が引き金となる。

 「過労死」は長時間労働に肉体が耐えきれず、脳疾患や心臓疾患にいたる「突然死」。一方、「過労自殺」は、長時間労働の影響以上に目標の達成ができないなど精神的なストレスの比重が高く、「仕事による過労・ストレスが原因となって自殺に至ること」だ。

止められる死を、なぜ止めない

 長時間労働もトップの責任だし、業務の過剰なプレッシャーやパワハラなどもそうである。トップの判断で救える命だ。

 「娘がいなくなり、体半分がもぎ取られた気持ち。心から笑える日は一生こないと思う」――。
 こう語るご家族の言葉を過労死や過労自殺を出した企業のトップたちはどう思うのか?

 申し訳ないけど、私には全く理解できないのです。

 2009年、ある裁判が起こった。
 過労死発生企業の公表を求める裁判である。

 原告は、「全国過労死を考える家族の会」の代表の寺西笑子さん。ご自身も過労自殺で夫を亡くしている。
 現状では遺族が労災を申請し、公表しないと、企業の社会的な責任が問われないため、過労死企業の情報公開を申請したところ、不開示とされたため決定の取り消しを求めた。

 一審の大阪地裁は、過労死企業の開示を認めたが、二審の大阪高裁は、ブラック企業との風評が生まれると判断。最高裁も高裁判決を支持したため、逆転敗訴となった。

 トップもトップなら、裁判官も裁判官だ。
 「ブラック企業との風評が生まれる」だって? いったいどこまで人の命を軽んじているのか。
 なぜ、企業がきちんと向き合えば「止められる死」を、救おうとしないのか。

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