これまでにも「飛び降りろ!」「死ね」という暴言を吐かれたという話は聞いたことがあったが、身体的暴力が日常的に行われていたという話は聞いたことがない。

 ましてや、「精神的に追い詰めることが営業推進を一生懸命にやった結果」と肯定されるなど、ありえない。

 いったい何人の行員たちが、精神を病み、体を壊したのだろう。中には人生をめちゃくちゃにされてしまった人もいたのではあるまいか。

創業オーナー家ら多数の上位者が存在

 下界のトップである麻生氏は02年に執行役員、04年に常務執行役員、専務執行役員となったが、「強大な力を誇ったとはいえ、だたの執行役員に過ぎなかった」(報告書より)。

 スルガ銀行の執行役員は「雇用型」で、従業員。すなわち一労働者にすぎず、創業オーナー家の岡野兄弟を含む多数の上位者が存在していた。役員などのインタビューによると、故岡野副社長は、麻生氏を営業本部長に取り立ててはいたが、それは営業成績や営業能力に着目したもので、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 どんなに麻生氏が成績を上げようとも、故岡野副社長は取締役に取り立てる気も、ましてや自分の後継者にする気もなかったのである。

 いわば「鉄砲玉」だ。

 ――経営トップ層は、持株比率や創業家の権力を背景に全体としてのスルガ銀行は完全に支配していたが、他方、現場の営業部門は強力な営業推進力を有する者、しかも従業員クラスに任せ、その者には厳しく営業の数字を上げることを要求し、人事は数字次第となっていた。

 一方で経営層自らは執行の現場に深入りせず、幾重もの情報断絶の溝を構築していた。

 このような仕組みは、客観的に評価するならば、業績向上のために執行の現場は強力に営業推進する者をトップにして自由にやらせるが、それは経営層が自ら手を汚すのではなく、少々営業部門が逸脱あるいはやり過ぎることにも目をつぶる、という態勢を採ってきたといわれてもしようがない。―(報告書 P231より)

 とどのつまり退廃的な「王国」は、雲の上で自分に利を運ぶ人を善としたエゴイスト経営陣の産物であり、麻生氏自身もまた「創業家の威光」を後ろ盾にした、下界のエゴイスト。

 倫理観や道徳心のかけらはなく、誰もが「自分を守る」ためだけに上司の奴隷となっていったのである。

 報告書では営業部門が暴走したメカニズムを次のように分析している。

強力な営業推進政策

上位者による精神的な圧迫

逸脱行為の組織的な蔓延による規範的障害の欠如/全員共犯化

高業績者の昇進による逸脱行為の更なる促進/正当化認識

高業績による営業部門の増長と管理部門の萎縮

 とりわけ私が注目したのが「逸脱行為の組織的な蔓延による規範的障害の欠如/全員共犯化」を加速させた「表彰制度」だ。

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