私が子供だった頃より、人生における選択肢は確実に増えた。ところが今の日本社会には「これが正解!」が溢れ、正解から外れると「負け組」と排除され、ちょっとでも失敗すると「自己責任」が問われる。

 なんでもかんでも「正解」ばかり追い求める社会は息苦しい。ある人にはそれが正解でも、ある人には正解じゃない。10人いたら10通りの正解があって当たり前なのに、「平等」という美しい言葉のもと、自分を信じ、目の前のできることを一つひとつ進め、自分の強みを進化させる力が退化し、「選択の自由」を許さない空気がさらに生きる力を摩耗させている。そう思えてならないのである。

久々に「あのとき」の感覚が蘇った

 最後に……。
 私は毎年、「窒息状態からの解放」と称し夏休みは国外脱出しているのだが、今回ほど「日本の息苦しさ」を痛感した夏休みはなかった。

 その感覚は13歳の私が日本に帰国したときの息苦しさと匹敵するほどで。それはとんでもなく息苦しいことを意味する。

 米国で「自分MAX」になることを教育されていた13歳の私は、「日本では『普通』が一番である」ことを知りショックを受けた。「自分の意見を言いなさい」と教育されていたのに、日本では黙っているほうが安全。手を挙げるなんてダサい、でしゃばり、目立ちたがりと揶揄される。

 そんな空気感を、皮膚が柔らかい13歳の私はビンビンに感じ、「アメリカに帰りたい」が口癖になっていたのである。

 そして、今回。久々に「あのとき」の感覚が蘇った。

 いったいなぜ、価値観が多様化しているはずなのに、「かくあるべし」的価値観が王道になっているのか?
 いったいなぜ、「その正解」とかけ離れた価値観の自分に自信を持てなくなっているのか?

 1週間にも満たないわずかな時間だったけど、日本の外に出たことで、自分がちっちゃな世界に生きる輩になりさがってることに気づき、がっかりし、「自分に戻ろう!」と決意した。

 というわけで今回のテーマには、さまざまなご意見があると思いますが、それをぶった斬りました。いつもどおり賛否両論、お待ちしております。

女性の扱いに悩む男性社員の必読の一冊! を出版することになりました。

ババアの私が、職場・社会にはびこる「ババアの壁」の実態と発生原因を探り、その解決法を考えます。

なぜ、女性上司は女性部下に厳しいのか?
なぜ、女性政治家は失敗するのか?
なぜ、女の会議は長いのか?
なぜ、女はセクハラにノー!と言えないのか?
などなど。
職場や社会に氾濫し増殖する「面倒くさい女たち」を紐解きます。