結局のところ就活とは、「オトナたちが求める人材と化すための装置」でしかなく、可能性が無限大にひろがっているはずの若い学生たちが、オトナが求める“規格化された若者”に変身する。

「就活」が「自律」の邪魔に

 新卒一括採用廃止に異を唱えるオトナたちは決まって、「新卒一括採用があるからこそ就職できる学生は多い」「新卒一括採用があるからこそ日本の若者の失業率は低い」と言うけど、そもそも大学からストレートに就職市場に流れ込んでいくことが、学生たちにとって本当に幸せなことなのだろうか?

 そりゃあ誰だって、みんなと同じように就職できた方が安心するし、奨学金をもらっている学生も多いので、「即社会人」になることが望ましいのかもしれない。

 しかしながら、私は国民の一大行事化した「就活」こそが、学生時代に育まれる「自律性」の邪魔をしていると考えているのである。

 たとえば、日本以外の大学生は、学びの場である大学で実によく学ぶ。感心するほど必死で勉強する。そして、彼らは学問を通じて自ずとわく「おもしろい」という感情の中で自分の適性を見極め、方向性を探り、知識を深化させ、スキルを高める。

 それと並行して、学生たちはリアル社会との接点を見出し、「働く」経験を積み、社会の厳しさとやさしさを体感し、自分に足りないものを強化すべく、社会人としての居場所を探していくのだ。

 こういった学生時代のチャンレジは、たった1人でも、完全なるアウェーでも、どうにかしてその場で、限られた資源の中でベストと思える答えを探り出す力、すなわち「自律性」を育む最高の時間となる。

 何か困難にぶつかった時も、「自分には無理!」と最初からあきらめるのではなく、自分の頭で考え、自分の決断、感覚を信じて踏み出す力。不完全な状態にあるという自覚を持ちながらも、その時にベストと思える答えを探り、行動にうつす覚悟。

 そんな「自分の行動を信じる力=自律性」をもった学生を、寛容な気持ちで受け止めることこそがオトナの役目じゃないのか。だって、どんなに平等かつスムーズに社会人のスタートをきる手ほどきをしても、そのあとの人生は「彼ら」次第だ。

 自律性ほど、ひとりの社会人として長い人生を生き抜くうえで必要なものはないことをいちばん知っているのは、オトナたちのはずなのだ。

 神戸大学の西村和雄特命教授らが実施した、2万人に対するアンケート調査で、「所得、学歴よりも『自己決定』が幸福感に強い影響を与えている」ことが明らかになった。

 所得水準と幸福度が必ずしも関係しないことは、国内外複数の研究者たちにより明らかになっていたが、「何が」「どの程度」影響しているかは未だ明確じゃなかった。

 そこで神戸大のチームは、「所得」「学歴」「進学や就職などにおける選択の自由を示す自己決定」「健康」「人間関係」――の5項目に関する選択式の質問を設け、統計的に分析した。