なるほど。経団連会長でも崩せない“アレ”が立ちはだかっているということか。

 アレ=ジジイの壁。

 そうなのだ。変化を厭う「ジジイの壁」が猛威を振るいそうな気配が漂い始めていることに、私はある種の絶望感なるものを感じているのである。

 何よりも驚いたのは大学側が「反対!」を表明したことだ(以下、日本経済新聞より抜粋)。

 全国の大学などでつくる就職問題懇談会は10日の会合で、現行ルールを維持する方向で議論を進めることで一致した。学生の勉学への影響やルール変更による混乱を避けるため、としている。

(中略)

 懇談会の山口宏樹座長(埼玉大学長)は、現行ルールについて「学修環境への影響が極力抑えられており、4年間維持されている」と指摘。これまで経団連と懇談会が同じルールで一致してきた経緯を踏まえ、「経団連の指針がなくなるということは、両輪の片方が外れるので好ましくないという意見がほとんどだ」とした。

 混乱……。ふむ、混乱ね。

 確かに経団連は、2020年入社の学生までは会社説明会が3月、採用面接の解禁が6月と決めたばかりで、突然のルール廃止宣言を匂わされ、驚く気持ちはわかる。

大学が「学問の場」から就職の「ハローワークの場」になっていた

 だが、反対する人たちは一様に「学生が混乱する」と主張するけど、そもそも就活一括採用というルールそのものが散々学生を混乱させてきた。

 世の中の 経済状況の影響をもろに受ける新卒一括採用は、バブル崩壊後の就職氷河期に始まり、2008年のリーマンショックなど、生まれた日という自分ではどうにもならない出来事で学生を「差別」した。

 その余波は高校生にまで広がり、数年前私の元にやってきた高校3年生は、大学3年生時に海外の大学と半年間の交換留学プログラムのある某大学を第1志望にしようとしたところ、担任の先生から、「3年生のときに留学していては、就職活動に支障がでる。もっと就職に力を入れている他の4年制大学に進んだほうがいい」と言われ悩んでいた。

 気がつけば大学は本来の「学問の場」から、就職するための「ハローワークの場」と化し、「就職まで責任をもって面倒をみて、いい就職先を斡旋する」ことを“売り”にする大学が急増。

 「ブラック企業とホワイト企業を見分ける方法はありますか?」と、大学関係者が私の元に質問に来る始末だ。

 大学生たちは大学生たちで「就活フラッグ」が振られた途端、それまでの自由な服装から喪服のような真っ黒のリクルートスーツに着替え、茶髪を黒髪にし、モリ気味のアイメイクを落とし、作り笑顔を練習し、「内定」を求めて奔走する。

 「内定」=「人の価値」のごとく扱われ、内定エリートが大手を振る一方で、待てど暮らせど鳴らぬ携帯にドキドキし、気がつけば「就活」が人生となり、最終面接でダメ出しをくらい地獄の底に突き落とされ、若さを満喫できる時間を就活に翻弄されているのである。