「僕、パワハラに遭っていたんです。でも、渦中にいるときってそうは思えない。徹底的に自分を否定されると、どうにかして認めてもらおうと思うようになる。パワハラされている自覚がなくなっていくんです」

 これはパワハラ被害者の男性が言っていたことで、似たような心理状態を実に多くの人たちが教えてくれた。

 「何をやっても、何を言っても否定される。みんなの前で怒鳴られることもあれば、部屋に1人呼ばれてチクチクと言われることもありました。

 人間って不思議ですよね。そうやってずっと怒られてばっかりいると、どうにかして認めてもらいたいって思うようになる。とにかく何とか上司に怒られないように、と。僕はそんなにダメな人間なのか?って、ずっと自分を責めていました」

理不尽かつ執拗に人格を否定され続ける日々

 男性は幸いにも心身を病む前に転職。きっかけは大学時代の同窓会で、上司からパワハラを受けて自殺未遂を起こした同級生の話を聞いたことだった。

 「悪いのは僕じゃない。あれはパワハラなんだ」と自分が危機的状況にあることに気づき、「このままでは壊れてしまう」と会社を辞める選択をしたのだ。

 彼は「たまたま」同窓会によって、非日常の風が吹き最悪をまぬがれたが、インタビューした人の中には、会議中に倒れ病院に運ばれたり、ある日突然家から出られなくなったり、通勤電車に乗ると吐き気を催すようになったり、「壊れた」あとに気づいたりする人たちがいた。

「最初の頃は、パワハラを受けているのが苦しくて苦しくて。毎日、みんなの前でまるで見せしめのように支店長から怒鳴られる。僕は副支店長なので、そこにいるのは全員部下です。

 部下の前で怒鳴られるのは、苦痛以外の何ものでありませんでした。

 でも、悔しいから結果を出すしかないと躍起になるんです。すると上司も僕のことを認めざるをえないから、それがある種の快感になるんですね。その繰り返しでした。

 だんだんとパワハラされているという感覚もなくなった。職場である日、呼吸ができなくなった。パニック障害と診断されました。

 僕のデスクにはチョコレートがいくつもあふれ、たばこを1日5箱も吸っていたんですけど、その異常さにも気づけなかった。

 人間の感情は複雑です。パワハラをされたときの周りのさげすんだ視線も苦痛でした。自分は強い人間だと思っていたけど、その自分への過信も上司のパワハラをエスカレートさせたかもしれません」

 こちらの男性はその後、半年間休職。復職はうまくいかず、現在も働いたり、働かなかったりを繰り返している。

 理不尽かつ執拗に人格を否定され続ける日々。たとえ上司であれ、赤の他人にそこまでされる所以はない。普通に考えれば第三者に「しんどい」とSOSを出せるはずだ。

 だが「人間の感情は複雑」と男性が指摘するとおり、私たちは常に複数の感情が行き交う交差点で惑わされる。

 罵倒される悔しさから「何でもやってやるよ」と自暴自棄になったり、「どうにか認めさせてやる」と躍起になったり。「パワハラ」の苦痛が、「自分が悪いのかもしれない」という自己否定に変化し、ズタズタになった自尊心を回復させるために、上司の奴隷になることを自ら選択してしまうのだ。

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