河合:佐々木さんの乗った特攻の飛行機は自分で爆弾を落とせるようにしていたとあります。これは整備にあたる人の「生きて帰ってほしい」という思いだったのでしょうか。

鴻上:上層部がどんなにダメでも現場はわかってくれます。それはある種の希望です。絶望的な状況下にあっても、現場は特攻という攻撃の愚かさを知っていた。援護する飛行機もなく一機で出発させることの不合理さを現場はよくわかっていました。

河合:パイロットのなかには、佐々木さんが生きて帰ってくるのが希望になったこともあったそうですね。

日本社会の枠組みに苦しんでいる人が読んでいる

鴻上:最初は「なぜあなたは帰ってきたのか」と周囲の人がとがめたりもしましたが、佐々木さんは「何回も出撃して爆弾を落とすほうが正しい」と当たり前のことを言うわけです。これを耳にしたあるパイロットは「自分も生き延びようと決めた」という手記を残しています。
 もちろん戦争だから、結果的に撃ち落とされ死ぬことはあります。それでも1%でも可能性のある戦い方を選ぼう、という佐々木さんの言葉を信じた人もいます。

河合:その意味では「心の上司」になっていたのではないでしょうか。

 仕事とは人が生きる上ですごく大切なことであり、本当は楽しいことでもあるはずなのに、なぜこれほどしんどいことになるのか、とよく思います。佐々木さんはパイロットの仕事を極限とも言える場面でも楽しいと感じています。そのことはとても印象に残りました。

鴻上:『不死身の特攻兵』は当初、歴史物が好きな人が読み、やがてビジネスマンが読んでくれ、ツイッターで「理不尽な命令はうちの会社とまったく同じ構造だ」といった声が広がりました。そのうち今度は女性が手に取り始めてくれるようになりました。そこでは「PTAと似ている」「ママ友の会話が同じ」となっていました。日本社会の枠組みに苦しんでいる人や、「うっとうしいな」と思っている人が読んでいると思います。息苦しいし、このままではだめだと思っているから、読まれている面があります。

 帰国子女である河合さんはそうしたことに敏感ではないでしょうか。一方でこうした共同体に没入することで安心を得ようとする人もいます。実に厄介です。

河合:鴻上さんはそうした社会になじんでいるのですか、それとも生きづらさを感じているのですか。

鴻上:僕は帰国子女ではないですが、両親とも教師でした。特に父は厳格でしたが、いつも理想を語っていました。理想を語るのは、社会を語ることだと思います。例えば、近所づきあいについても、「あいまいにするのもおかしい」と言っていました。

 幼いころに社会の枠組みをそんなふうに刷り込まれたのですが、残念ながら日本は「世間」で生きる人が多く、何かあったときに「そこは飲み込もう」となりがちです。世間は中途半端に壊れていますが、これから先も壊れ続けるかどうかわからない。不安になったら皆世間にしがみつくためで、東日本大震災の後は絆といった形で世間の揺り戻しがきています。世間原理主義と僕は呼んでいますが、これは個を殺す状態でもあります。震災の後、一週間で道路が直されるなど、個を殺して協力することがプラスになることもあればマイナスになることもあります。なぜ日本人は個を殺しやすいのかを追求していくのが僕の仕事かなと思っています。