河合:佐々木さんについて、私はSOCがとても高いと感じました。SOCとは究極の悲観論の上のポジティブな感情を指します。首尾一貫感覚が直訳ですが、私たちが使うときは「生きる力」「対処力」としています。

 特攻隊では自分が突っ込んでいく指令が出ましたが、佐々木さんにとって一番大切にしなければならないのが飛行機だったからこそ、飛行機で自分のスキルを最大限使い、最後は飛行機で乗って帰ってきたわけです。これは究極の悲観論の上のポジティブな感情というSOCにあてはまります。

「最後には傘を差しだしてくれる人がいる」感覚

鴻上:興味深い指摘だと思います。SOCを磨くにはどうすればいいのでしょうか。

河合:人生経験で育まれますが、特に影響を与えるのは子供のときの親子関係です。分かりやすく言えば、親子間におけるSOCとは、「裏切られることも理不尽なこともあるだろう。でも最後には傘を差しだしてくれる人がいる」という感覚です。

鴻上:その感覚は演出家としてよくわかります。

 僕は稽古場を失敗しても大丈夫な場にしておかなければいけないと思っています。その理由は自分の一番ナイーブなところを差し出していくからです。例えば、恋人同士になっていちゃつく場面では、本当にいちゃついてなければお客さんは見抜くわけです。一方、本当にいちゃつくのは自分の恥ずかしい部分を人前でさらすことでもあります。だからこそ稽古場はそれができる場でなければならないし、その分失敗しても平気な場所にしなければいけないのです。

 誰かが一人でも稽古が終わった後、「お前、普段あんなふうにいちゃついているんだろ」とからかったら、次から二度と人前で見せられなくなります。だから、そうしたことを言う者がいたら、僕はすぐ「もう稽古にこなくていい、帰れ」と言います。その感覚はSOCと同じだと思います。

 その意味で、僕の言葉で言うと「親にきちんと愛されなかった」俳優をリラックスさせるのはすごくしんどいですね。世界が最終的に微笑んでくれるという確信を持たない人は最後の最後でやはり心を閉じますから。

河合:「最後に微笑んでくれる」はまさにSOCです。人生思い通りにいかないけれども終わるときに「まあいい人生だった」と思える感覚です。稽古場で失敗を言えるようにするために鴻上さんは何をしているのですか。

鴻上:僕だけがしゃべり周りが黙る稽古場は絶対うまくいきません。だからまず、全員が同じように発言する環境を作ります。それができたらほぼ芝居の半分以上成功という感じです。

 厄介なのは「ダメな中年のおじさん」です。これは河合さんの言う「ジジイ」に関係しますが、「お前らそんなこと言うんじゃない」と言い出すわけです。そうした「教育」をする人は本当に困ります。

河合:若者は聞きたいことがあっても、「聞いたらだめなやつだと思われる」から聞かないし、言いたいことがあっても言わない傾向があります。学生に「どうするつもりなのか」と尋ねると、「キャラを演じているのがつらいのです」と言いながらも、実際には集団から落ちていくことのほうが怖いのです。これではジジイの文化が広がるばかりです。

鴻上:僕は学校教育の原因だと思っていますが、若者には「許されることしかやらない」発想が目立ちます。第三舞台を解散したあと「虚構の劇団」という劇団を若者と10年ほどやっていますが、第三舞台のときと違い「そんなことしていいんですか」という言葉をよく聞くのです。