鴻上:まず『残念な職場』について、組織がブラックになればなるほど、所属する人は本音が言えなくなる、ということではないでしょうか。当時の状況に対して、佐々木さんにはやはり「残念だ」という気持ちがあったと思います。

 では、そんななかで佐々木さんはなぜ、9回特攻に出て9回帰って来られたのか。なせ生き延びたのか。それが知りたくて、僕は何回も佐々木さんとお会いしました。

飛行機で飛ぶことが好きで本当にワクワクしていた

 そもそも佐々木さんは「人間はそんなに簡単に死ぬものではない」と思うところがありました。佐々木さんの父親は日露戦争を生き残り、勲章をもらっていましたし、佐々木さんが所属していた部隊長は「死ぬな」と言っていました。

鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)
1958年愛媛県生まれ。早稲田大学卒。81年に劇団「第三舞台」を結成。以降、作・演出を手掛け、紀伊國屋演劇賞、ゴールデンアロー賞、岸田國士戯曲賞を受賞。現在は「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」での作・演出を中心としている。2010年には虚構の劇団旗揚げ三部作戯曲集「グローブ・ジャングル」で第61回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。海外公演も行っている。17年に著書『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』を発表

 ただし、もっとポジティブでプリミティブな理由があったと思います。それは佐々木さんが空を飛行機で飛ぶことが好きで本当にワクワクしていた、ということです。乗っていたのはあまり性能がよくない飛行機でしたが、その飛行機も佐々木さんは大好きだったのです。にもかかわらず、飛行機で体当たりをすれば当然壊れるし、もう飛べなくなります。それが嫌だというのが一番の理由だったのではないかと思います。

 それでも組織が大きくなるほど、階層が厳密になるほど、「好きだ」という原初的な言葉は通じなくなります。だから、佐々木さんはそうした言い方をしなかったのではないか、という気がします。

河合:特攻隊は「死ぬのが当たり前」とされていたと聞きますが、佐々木さんは特攻隊についてどうとらえていたのでしょうか。

鴻上:やはり「死ぬ覚悟はあった」とおっしゃっていました。飛行機乗りになった以上、どこかで死ぬことはわかっていましたが、いざ死ぬときには「効率的な死に方をしたい」「意味のある死を迎えたい」と考えていたのだと思います。

 特攻隊は初期のうちベテランのパイロットが選ばれていました。ベテランにはスキルがあり体当たりができると考えたのでしょう。しかし、それならば「自分を一回の特攻で殺す」よりも、「撃ち落とされるまでは出撃を繰り返す」ほうがさらに効率はいいはずです。佐々木さんにとっては「自分たちも戦いがいがある」ということだと思います。

 一方、上官がベテランパイロットを選んだのは「奇跡を起こすためにはこんな優秀な人たちが自らの命をささげて戦っている」と国民と軍隊内部に示す面もありました。

河合:それはあまりにもおかしい状況です。

鴻上:上官たちは日本人が好きな精神性で、必死で忠を尽くしていれば頑張ればなんとかなるというわけです。そして、戦後70年以上たってもそんな構造は変わってないと思います。店長が身を粉にして働き、体を壊すか精神を病むかの直前で表彰の対象になる。月100時間、200時間の残業が称えられ、愚かなことだと気づかない状況と似ています。

河合:精神主義は日本人に特有だと思われますか。