「実は、一年くらい前に障害者の手を叩いてしまった。何度教えてもファイリングを間違えるので、つい、本当につい、自分が持っていたペンで叩き、その後も肩を大きくゆらしたり、ひどい言葉をあびせてしまったりしたんです。
 余裕があるときには許せるのに、余裕がないと許せなくなる。僕だって上司にストレス感じてるのに仕方がないよ、って。自分の行動を正当化していました。

 でも、あるときスーパーでおそらく知的障害がある方だと思うんですけど、店長から手をつねられているのを見たんですね。その時に『あ、これ僕だ』ってこわくなった。
 そして、やっと自分のおろかさに気づきました。同僚でもある障害者の社員に申し訳ないことをした、と反省しました。

 なのに、やっぱり業務が増え自分のことで精一杯になると、ちょっとしたミスが許せなくて怒りがわいてきてしまうんです。精神の障害や知的な障害の場合、本当に難しいんです。何が言いたいのか、理解できないことも多いし、それが原因で小さなトラブルになることもあります。
 すると、ストレスがたまるんです。感情のコントロール法も学びましたが、完全に大丈夫とは言い切れない自分がいます。また、やってしまうんじゃないかと、自分でも怖くなることがあるんです」

「虐待に至る背景要因」を統計的に分析

 私は彼の話を聞き、自分が全く同じ状況に置かれたとき「怒り」を制御できるか? と問うた。
 いかなる状況であれ「手を出す」ことは絶対に許されるものではない。だが「絶対に大丈夫」と言い切る自信がない。ストレスや心理の研究者の端くれなのに、自身の感情コントロールに自信が持てないのである。

 障害者への虐待については国内外の研究者たちが、さまざまな角度から実態と発生要因を捉えてきた。そんな中で、「一緒に働いている人の苦しみ」を定量的に捉えた貴重な研究がある。

 障害者施設や事業所に勤務する方たちに行なった意識調査を元に、「虐待に至る背景要因」を統計的に分析した論文である(「障害者虐待の発生要因に関する考察~A県内における障害者施設従事者への意識調査を通して~」山口県立大学学術情報 第10号、対象はA県知的障害者福祉協会加入の103施設・事業所で働く2479名)

 結果の一部を以下に紹介する(就労系事業所の回答のみ。利用者=障害者)。

  • 「職員による利用者への不適切な行為を見たことがある」 24.1%
  • 「先輩や上司から利用者を怒鳴ることも必要だ(躾の一つ)と言われたことがある」 12.9%
  • 「先輩や上司から利用者に厳しく注意することも必要だ(躾の一つ)と言われたことがある」 34.1%
  • 「無意識のうちに不適切な行為をしてしまったことがある」 28.9%
  • 「不適切な行為をしてしまう背景は?」に対し、「確信が持てない(24.4%)」「利用者からの暴力(14%)」「自分のスキル不足(11.6%)」「自分の感情コントロール(10.5%)」など。

 さらに、これらのアンケート結果と職場環境(上司部下関係、チームワーク、情報共有など)を用い、「どのような職場で虐待が起きているのか?」を統計的に分析したところ次のようになった。

  • 「上司や先輩から躾けのひとつと言われたことがある職場」では、虐待が発生しやすかった
  • 「職員のスキル不足」が虐待にもっとも強く関連し、「障害者の特性の理解不足」「職員不足」「職場の雰囲気が悪い」と続いた
  • 「無意識の不適切行為」は、「所得の満足度」と統計的に有意に関係していた
  • しかし、職場環境要因を分析に加えると「チームワークのいい職場」「情報共有ができている職場」が有意となり、「所得の満足度」は有意ではなかった

 ……これらの結果を踏まえると、障害者虐待の背景には職場環境が強く関係していることがわかる。

 そこで働く人のスキル不足や障害者への理解不足、収入への不満、職場の雰囲気などが、独立して存在するのではなく、複雑にからまりあった結果「弱者(=障害者)」への不適切な行為が発生するのだ。

 「僕だって上司にストレスを感じているから仕方がない」と先の男性が言っていたように、仕事の質へのプレッシャーは年々高まり、「ご愛嬌」なんて言葉を使うのは許されず、何かあれば速攻で責任を問われ、「自分の時間」を堪能する余裕もない。
 そんなとき、つい感情が理性を凌駕し、境界線を越える。情けないことだし、単なる言い訳かもしれないけど、これが人間。そう。人間なのだ。

 感情はあくまでも個人のものだが、その感情を暴発させるリスキーな社会環境の中で「雇用率」を重視する障害者雇用が進められているのである。

平成30年版 障害者白書」には、次のような文言がある。

 「ニッポン一億総活躍プラン」を踏まえて策定された働き方改革実行計画では、日本経済再生に向けた最大のチャレンジは働き方改革であるとし、働く人の視点に立って、労働制度の抜本改革を行うこととされた。
 障害者関連施策については、本実行計画において、「障害者等の希望や能力を活かした就労支援の推進」として位置付けられており、今後の対応の方向性について「障害者等が希望や能力、適性を十分に活かし、障害の特性等に応じて最大限活躍できることが普通になる社会を目指す。

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