ウツは夫婦間で伝染する

 スピルオーバーという現象がある。

 スピルオーバー(余剰・余波)とはもともと、電波が目的の地域外まで届く現象を指す言葉だが、心療内科では、職場でのストレスと家庭でのストレスがそれぞれの界面を超えて影響を及ぼす現象に使われている。

 また、スピルオーバーは夫婦間でも起こり、夫(妻)のストレスが妻(夫)に伝染し、妻(夫)が専業主婦で献身的なほど「夫のかわりにウツ」になる傾向が強い。

 件の彼女は専業主婦ではなかったけど、スピルオーバーが起きていたと十分考えられる。加えて、夫を心配する気持ちと、疲れと、自責の念がグチャグチャに絡み合い、感情が割れるだけ割れ、彼女自身が“ストレスの雨”にびしょ濡れになってしまったのだ。

 これまでにも、家族がウツなどのメンタル不全に陥ると、本来、傘になるはずの家族の過大な負担になったり、ウツがうつったりと、ネガティブな影響が指摘されてきた。それでもやっぱり、最後は「家族」。妻(夫)、子供、親、兄妹など、できるだけ多くの家族メンバーが入れ替わり立ち代わり関わることができれば、メンタル不全脱出の大きな糸口になる。そうなのだ。家族ほど大きな傘はないのである。

 だが、今回のケースは、DINKS。つまり、お子さんはいない。夫の両親は他界し、妻の実家は地方で、頼れる家族は近くにいなかった。互いを思いやる気持ちが強ければ強いほど、逃げ場のない家族関係は両者を追いつめる。

 おそらくこういった事例は今後、増えていくことが容易に予想できる。だが、ウツなどのメンタルヘルスに関する問題は、かつてほど大きく取り上げられなくなった。

 明日は我が身かもしれないのにどこか他人事のような空気が漂い、“ウツ”が社会問題化してから10年以上経つのに、問題解決に向かうどころか、むしろ深刻化しているのである。

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