その結果、過去の男性リーダーたちの振る舞いが「求められるリーダー像」とみなされてきた。
 攻撃的で、野心的。人の上に立つのが得意で、自信家で、押しも強い。唯我独尊で個人主義なたくましさもある――。
 そういったステレオタイプが、「リーダー像(男性)」として刷り込まれているので、どうしたって女性リーダーの言動が無能に見える。

 そして、その「リーダー=男性」という自覚なき価値観が、時に“刃”となり、女性リーダーを傷つけてしまうのだ。

男社会だったツケは想像以上に根深い

 男性上司が「あーしろ、こーしろ、アレはだめ、コレはダメ」と権威的な言動をしても「正しい振る舞いを教えてくれる部下思いの上司」と受け入れられるが、女性上司が同じことをすると「感情的」「押し付けがましい」と非難される。
 女性上司が、部下に温かさや思いやりを示しても大して評価されないけど、男性上司が同じ言動をとると「優しい上司」と評価される。

 さらに「よそ者=女性=無能」という方程式の根深さを暴いたのが、通称「ゴールドバーグ・パラダイム」と呼ばれる社会心理学者フィリップ・ゴールドバーグ博士の心理実験だ。

 1968年、ゴールドバーグ博士は、学生たちに「女性問題に関する」テーマに書かれた論文を読ませ、内容を評価させた。ただし、学生には内緒で、論文の執筆者欄が「男性の名前」になっているものと、「女性の名前」のものの2種類を用意(論文内容は同一)。男女の差異が評価に与える影響を検証した。

 その結果、男性名が入った論文を読んだ学生は論文を高く評価。一方で、女性名が入った論文は低く評価された。女性問題がテーマの論文であるにもかかわらず、だ。しかも、結果は女子学生を被験者にした場合も同じだった。

 名前だけで評価が変わるとはにわかに信じ難いかもしれないけど、ゴールドバーグ・パラダイムに追従する調査結果は、半世紀経った現在に至るまで多数発表されている。

 例えば、1997年に実施されたスウェーデンの医学者、C・ウェンナラとA・ウォールドらは、スウェーデン医学研究評議会(Swedish Medical Research Council)による研究費補助金の審査過程を検証し、男性は「男」というだけで高く評価され、女性は「女」というだけで低く評価されていた現実を、統計的な分析から暴いた(C.Wenneras & A.Wold; "Nepotism and Sexism in Peer-Review", Nature, 1997.)。

 そして、女性が男性と同等に評価され研究補助金を得るには、「最高ランクの学術誌に男性の2.6倍もの論文を発表する必要がある」と結論付けた。これは不可能に近いことを意味している。

 この調査では、審査員のコネが審査の評価に影響していたことも突きつめたため、スウェーデン医学研究評議会はその翌年から、研究助成金の交付審査のやり方を改善し、助成金の獲得や研究キャリアの男女比較について の報告を毎年行っている。

 コネ審査……ね。そういえば東京医大は裏口入学でも問題になってましたっけ。

 いずれにせよ、男社会だったツケは想像以上に根深く、私たちの想像をはるかに超えているのだ。

 入試から助成金の確保、仕事への評価に至るまで、組織という組織の隅々まで、ジェンダー・バイアスは蜘蛛の巣のごとく張り巡らされている。たとえ運よくその蜘蛛の巣をくぐり抜けた女性が数人いたとしても、「男社会の壁」を打ち砕くのは至難の技。

 企業がそうであるように、医師の世界でも「トップ」がよほど覚悟を決めて「排除の壁撲滅」に挑まない限り、女性医師や女性医師の卵たちへの差別はなくならない。

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