女性が少数だと、多数派である男の「男性性」が強まる

 「問題は男性議員だけにあるわけではない」――。

 これこそが、「トークン」の悲劇。個人の資質ではなく、環境で変わる人の心の動きがなせる悪業である。

 トークン(=目立つ存在。この場合は女性)が属する集団における「トークンの数」の論理を提唱したのは米国の社会学者のロザベス・モス・カンターだが、カンターは「0」より「1」の問題性を訴えた。

 男性だけの集団(=女性がゼロ)と一人でも女性が入っている集団を比べると、後者の集団の方が、男性たちはより男性性を強めた発言をしたり、仲間意識を強めるようになる。女性が聞くに堪えない性的な話題を話す頻度が増し、女性をアウトサイダーとして扱ったり、男社会への忠誠心なるものを強要する行動が明らかに増える。

 紅一点の女性は、排除されるか、同化するか。はたまた、屈辱的な扱いをされることに耐えるしかなくなってしまうのである。

 そういえば、小泉内閣のときに田中眞紀子さんが、

「自由にやれというから動こうとしたら、誰かがスカートの裾を踏んでいて前に動けない。振り向けば、進めと言った本人のような思いがした」

と語っていたけど、自由に“スカート”をはき続ければ裾を踏まれ、男性におもねれば“スカートをはいたオッサン”になる。

 真紀子さんは男性たちに排除され、役職を得た女性議員は、男性たちと同化した。同化は時間とともに深化し、本人は自分がそうなっていることに気付かなくなる。

 「0」より「1」の不幸は、トークンの占める割合が10%未満で起こりやすい。この状態では、トークンは“マイノリティー以前”。時に、人権をも無視される危険な環境なのだ。

女性比率30%が「女性活躍」の出発点

 では、トークンの割合が、増えていくとどうなるか?

 10%〜15%未満だと、集団内のマイノリティーとしての地位が与えられるが、少数派故に、意見を言っても無視されたり、相手にされなかったりする。その結果、トークンは、口を閉ざす。

 トークンは少数派としてまとまるようになり、多数派の男性たちは、「女たちは結束するとめんどうくさい」だの、「女たちは徒党を組むから恐い」だの、「女は勝手だの」と、悪しき“女の特徴”を男たちは言い始め、自分たちの優位性を保とうとする。

 そんな男性たちにも、トークンの割合が30%程度になると変化が起こる。

 女性たちを「サブグループ」として認めるようになり、「女性の視点は興味深い」など、徐々にプラスに評価する傾向が強まる。サブグループの女性たちは、息苦しさから解放され、勇気を出して意見したりするようにもなる。

 だが、この比率で女性が能力を発揮するには、男性のサポートが必要不可欠。男社会の暗黙のルールから女性を守る男性がいて、初めて、権力や権限を獲得したり、能力を最大限に発揮できる機会を得られるのである。

 さらに、35%になると多数派はただ単に「数が多い」だけのグループになり、40%になると、バランスが均衡する。そうなのだ。大まかには6:4の比率になって、やっと男だの女だの分け隔てが消え、個人の資質や能力が正当に評価されるのである。

次ページ 「キャリア意識」を高めろ?私だったら無理