議員における「女性活躍」は足踏み状態

 まずは、こちらをご覧ください。 これは衆参選挙の候補者と当選者に占める女性の比率を、70年前の1946年から示したものである(「男女共同参画白書」平成27年版より引用)。

[画像のクリックで拡大表示]
[画像のクリックで拡大表示]

 衆議院については、前述したとおり2005年に9%となり、民主党政権時に10%を超えた。その後の2009年に11.3%に達した後は低下して、現在は9.5%にとどまっている。小泉政権や民主党政権が、積極的に女性を擁立し、当選させたのに対し、その後の自民党政権にはそれがなかったことが関係している。

 一方、参議院議員は、1989年のマドンナ旋風で急増したのち(26人当選、比率17.5%)、なんとか10%超を維持してたが、2000年代に入るとは年々低下。社会党の党首だった土井たか子さんは、列島を旋風が吹き荒れたとき「山が動いた!」と名言を吐いたが、2007年に21.5%を記録するまで、“女性の山”は崖に落ちてはまったかのごとく、全く動かなかった。

 ところが、いったん動いた山は、再び崖へ。2010年に民主党が大敗したことで、いっきに14%まで激減したのである。

 で、現在。2016年の列国議会同盟(IPU)の世界・国会の女性議員割合ランキングで、日本は185カ国中155位と、最下位レベルだ。

 ちなみに、衆議院における女性議員比率が過去最高の11.3%だった頃の、フランスでの出来事を覚えているだろうか?2012年5月。17年ぶりに社会党から大統領に選出されたオランド氏が、公約どおり新閣僚34人のうち17人が女性の「男女同数内閣」を発足させ、「女性の権利省(Ministre des droits des femmes)」を新設した。

 実はこのときの、フランスと国会議員における女性と男性の比率は、日本とそう大きく変わらなかった。フランスでは女性が18.9%、男性が81.1%。対する日本(衆院)では女性が11.3%、男性が88.8%だったのである(2011年11月時点)。

 ところが、男女同数内閣が発足したことで、その後に女性議員比率は増加し、2016年版IPUランキングでは、フランス(国民議会)の女性比率は26.2%と7ポイントもアップ。11.3%から9.5%まで下げた日本とは大きな違いだ。

※参考:日本の女性閣僚が最も多かったのは、2001年に発足した第1次小泉純一郎内閣の5人(閣僚の総人数は22人)。2012年の野田内閣のときには、わずか2人(第一次は1人。改造で2人)。

 こうやって時代を数字で振り返ってみると、女性活躍の風は一時的に吹くことはあっても、持続しない。特に、2000年以降を見ると、その時々の政党の党首次第で、吹いたり、吹かなかったり、逆風になったりする。

 男と女は違う。だからこそ、女性が政治に関わることに意義があると思うのだが、結局のところ、諸外国のように「クオーター制(割当制)」を取らない限り、女性議員は増えないのである。

 それだけではない。組織で女性が少数派である限り、女性の能力が発揮されることはないし、不当な扱いに傷つき、苦悩する女性が量産されるのだ。

次ページ 政治の世界が最も遅れている