今回は、「無駄とされる人」について考えてみようと思う。

 おいおい! ずいぶんと挑戦的なテーマじゃないか! って?

 はい、すみません。「人」に「無駄」という形容詞をつけるだなんて、失礼極まりない話だし、不快感を示す人も多いかもしれない。

 だが、「無駄な人」ではなく、「無駄とされる人」。つまり、本当は「無駄じゃない」のに、ある立場から見ると「無駄」にみえてしまう「人」。

 役にたたない、何もしてない、別にいなくても困らない――。そういう人が社内にいる、いや、そう思える人が「多い」というお話である。

「会社って、無駄な人がいるじゃないですか。なぜ、彼らを雇い続けるのか、自分にはちっとも理解できない」

 先日、30代社員数名と行った座談会で、参加者のひとりがポロッと本音を口にした途端、まるでダムが決壊したかのごとく、“働かないオジさん”バッシングが始まってしまったのだ。

 これまでにも、働かないオジさんへの若手社員の不満はこのコラムで幾度となく取り上げてきた。が、「無駄な人」という言葉を真っ向から突きつけられると、あまりに衝撃的で。そもそも「無駄って何なんだろう」と。

 以前、 “働かないアリ”の先生こと、北海道大学の長谷川英祐先生と対談させていただいたときに、「組織に無駄な人は必要。組織存続にプラスになる」という話で盛り上がった。

 働かないアリは決して無駄なアリではない。ってことは、組織にいる「無駄な人」っていったい何?働かないアリはただ寝てるだけで、働かないことが仕事だ。では、働かないオジさんは、本当に働いていないのだろうか?オジさんたちは、そもそも生産性の向上に寄与していないのか?

 そんないくつもの「?」を考えてみようと思った次第である。

 というわけで、まずは座談会でのやりとりからお聞きください。

「なぜ、彼らを雇い続けるのか、ちっとも理解できない」

「会社の人間関係は悪くないです。残業とかは普通にありますし、ブラック企業がニュースになったりすると、『うちもブラックと言ったら、ブラックか?』なんて、みんなで笑ってますけど。使い捨てにされていると感じたことはありません。

 ただ、どうもしっくりこないのが、『人を大切にしてきた』って社長が自慢することなんです。ことあるごとに、人材じゃなく人財だって言うんですけど、あまり実感がわかない(笑)

 はい。なんやかんやいって終身雇用です。いようと思えば65歳までいられます。中には見切りをつけて辞めていく人もいますが、残っている人のほうが多い。ひょっとしたら社長は、この『いようと思えばいられる』制度を、人を大切にしてるって勘違いしてるのかもしれません」

「勘違いとは? どういうことですか?」(河合)