同じ行為を他者がやると、「許せない!」

 権力を手にしている人はそうでない人にくらべ、過ちを正当化しやすくなることが、膨大な研究結果で示されているのである。

 ある研究では、「約束の時間に遅れそうだからスピード違反でクルマを走らせる」という行為について、「権力のある」グループと「権力のない」グループに分けて評価をさせた。その結果、権力のあるグループに属する人たちの多くが、「自分がスピード違反する行為」を「仕方がない」と回答した。

 だが、同じ行為を他者がやったときには、「法律に違反するなど、許せない行為だ!」と厳しく評価したのである。

 権力が掲げる「正義」、過剰なまでの「攻撃」。そういった人間の「愚かな心理=自己保身」に自らも、操られないよう気をつけねばならない。

 保身に走るのは個人だけではない。“東電の事件”がまさしくソレ。個人も、組織も保身だらけ。結局のところ、自分で「真実」を見分けるまなざしを持たないことには、どうにもならないということなのか。

組織の問題なのに、「彼にも問題があった」

 大手証券会社に勤める方から、興味深い話をうかがったことがある。

「バブル崩壊の後って、証券業界は生き残りに必死でした。当時、うちの会社でも生き残るために、少しばかり問題のある商品を顧客に率先して売っていた時代があったんです。それを売ること自体は、法律的に問題はありませんし、うちの会社が生き残るために、その商品にプライオリティーを置く経営陣の気持ちも分からないではありませんでした」

 
「でもね、その商品はリスクも高かったんです。どんな商品にもリスクがありますが、リスクの度合いが、個人で背負うには重すぎる。だから、私は一切、その商品を売らなかったんです。

 当然、私の売り上げは上がりません。上司には責められるし、評価は下がるし、自分でも散々悩みました。“内部告発するんじゃないか”って、私を煙たがる人も多くて。

 結局、私は異動で飛ばされまして。最も働き盛りだった40代だったんで、そりゃぁ、ショックでした。組織の一員として会社の方針に従わなかったのですから、仕方がないのかもしれません。

 ただ、あの商品を売り続けて何も問題が起きなかったのは、運が良かっただけだと思います。結局、危ない橋を渡っても、問題さえ起きなきゃ認められるんです。結果がすべてなんです」

「自分の正義を通したことは間違っていなかったと思います。誰に何と言われようとも、自分はお客さんのために一生懸命にやってきた。そう胸を張れることが私の誇りなんです」

 自分が所属している組織とは別の組織で行われた内部告発であれば、恐らく誰もが「内部告発した人は勇気ある決断をした人物として、称えられるべきである」と思う。

 だが、それが自分の組織で起きた場合、組織内の人たちは内部告発をした人をなぜか冷遇する。

 「あの人って、変わった人」「彼にも問題があった」といった具合に、本来は組織の問題であるはずが、内部告発者の問題にすり替えられてしまうケースが少なくない。

次ページ 人間は、自分にウソをつくのが得意な動物なのだ