おそらく本人たちは、

「ナニが弱い者イジメだよ。公私混同も甚だしいこんなセコい人に、リオに行って欲しくないでしょ?」

と、正義を振りかざし、口を尖らせるに違いない。

「正義」の名の下の自己保身

 正義、ね。自己保身する自己を正当化するための道具としての「正義」。「法律には違反していません」というのも、舛添氏にとっては「正義」だったのでは?と思ったりもする。

 結局のところ、真実というものは鼻っから存在せず、解釈によっていかようにでもなってしまうのだ。

 “舛添事件”で、「正義」を振りかざしたのは、都議たちも同じだった。

 いったいアノ「拍手」は、何なんだ?

 そうです。「舛添事件」終結の場となった、本議会でおきた拍手です。

 直前まで「どうなっているんだ!」と激しく野次っていた人たちが、

「これ以上都政の停滞を長引かせることは私としても耐えがたく、身を引く決意をいたしました。これからは一都民、国民として、五輪の成功と東京の発展を心から祈ります」

と、舛添氏が辞任表明した途端何事もなかったかのごとく、拍手したのだ。

 あれだけ徹底追及すると言っていたにも関わらず、「百条委員会」の設置は、与党の反対で否決。年4回しか開かれない本会議を無駄にしてしまったことは、税金の無駄遣いとは言わないのだろうか。

 結局のところ、都民からの批判をかわすため保身から攻撃した議員たちが相当数いて、彼らの目的は辞職願の提出で果たされた。

 み~んな自分を守ってる。自分を守るために、人を過剰に責める。「正義」を都合よく使い、弱い者イジメをする。が、それは決して、政治家やメディアに限ったことではなく、私たちの周りでも起きていることを忘れてはならない。

「人の振り見て、我が振り直せ」と。

 例えば、会社に中でも似たようなことは起こる。

• 何か問題が起きたときに、部下のせいにする上司。
• “おんぶ”に“ヨイショ”が得意技の上司。
• 扱いにくい部下、デキる部下、モノ言う部下を、評価しない上司。
……などなど。

 これらはすべて、「上司」が自己保身に走ったがゆえの言動である。

 もちろん、ヒラの中にも、他人の足を引っ張ったり、ありもしない妙なウワサを流す人たちがいるが、一般的に、保身とは、それなりの権力やらポジションにいる人が陥りやすい罠だ。

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