違法でなければ、「身は守れる」という自己保身

 改めて書くまでもないけど、舛添事件の始まりは「舛添氏本人」の自己保身だった。

 もし、週刊誌が第一報を報じた直後に

「自分がケチで、セコかった。申し訳ない。すべてお金を返します。給料もカットします。本当に申し訳ないです」

と、自らの“不適切”な使い方を侘び、

「就任当初、掲げた待機児童問題、雇用問題などの公約が、なかなか進んでいません。今後は、コレコレこういう具合に、問題を解決していく所存です。粉骨砕身、取り組んで行きますので、どうかもう一度、チャンスをください」

と記者会見していれば、こんなひどいことにはならなかったはずだ。

 だが、舛添さんはそれをしなかった。いや、できなかった。違法でなければ「身は守れる」と、自己保身に走ったのだ。

 そして、話せば話すだけメッキが禿げた。いや、剥げた。

 どんなに有能そうな人でも、メッキなのか、ホンモノの鉄なのか?を見分けるのは、至難のワザ。だが、保身に囚われ続け、サンドバックになったがために、バリバリメッキがハゲ、ケチで、セコくて、傲慢だったことがバレてしまったのだ。

メディア側にも透ける「自己保身」

 そのメッキ取りに加勢したメディア側の根底にも、「自己保身」が透けて見える。

• 自民党 小渕優子議員の「ベビー用品」購入疑惑
• 自民党 大家敏志議員の「飲食代に1200万円超」疑惑
• 自民党 甘利明元経産相の「口利き」疑惑
• 無所属 舛添要一都知事の「ホテル三日月他」疑惑
• 西宮維新の会 野々村竜太郎氏の「年200回の空出張」疑惑

 いずれも、メディアで大騒ぎしたいわゆる「政治とカネ」問題だが、その報道のされ方は全く異なる。野々村氏と甘利氏の扱われ方の違いをみれば、わかりやすい。繰り返しテレビで流される号泣会見は、海を渡り海外でも報じられた。一方、甘利元大臣に至っては、「あまり」という名前すら忘れてしまった人もいるのでは? と思ってしまうほど、メディア側のいじり方はおとなしかった。

 「突っ込んでオッケー!」と解釈された属性の人には、とことん突っ込み、おもしろおかしく取り上げ、やったことより、やった人の人格を攻撃する。まるで弱い者イジメだ。

 「やばそう」な属性の人には、触らぬ神にたたり無しとばかりに、とりあえず事実のみを報じ、それ以上つっこむことはしない。

 権力批判する人たちが、権力におもねる。「自己保身」のために。皮肉なことだ。

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