今回は「能力のある人が“そんなバカなこと”をやめられないワケ」について、アレコレ考えてみようと思う。
オンデマンド配車サービスという、革新的サービスを生み出した米ベンチャーの代表格「Uber technologies(ウーバー・テクノロジーズ、以下Uber)」が、とんでもないことになっている。
なんと「成績さえ良ければ、何をやってもオッケー」と、セクハラを容認していたことが表沙汰になり、20人を超える社員が解雇されたのである。
コトの発端は、今年2月。
昨年の12月に退社した元従業員スーザン・ファウラーさん(エンジニア)の、「Reflecting On One Very Very Strange Year At Uber」(Uberで過ごしたとってもとっても奇妙な一年を振り返って)と題されたブログの公開だった。リンクはこちら。
「ご存知のとおり私は昨年12月にUberを退職し、1月にStripeに再就職しました。そのことについてたくさんの質問を受けました。なぜ、私がUberを辞めたのか、私がUberで過ごした時間はどのようなものだったのか、と。
それはとても奇妙で、魅力的で、少しばかり恐ろしくて、みなさんに話す価値のあることなので、私の心の中に鮮明に残っているうちにありのままを綴っていきます。(河合が簡単に要約しました)」
このような言葉で始まるブログは、エンジニアとして2015年11月にUber に入社してから辞めるまでの1年間の出来事を、A4のペーパーにすると5ページほどに丁寧にまとめたものだ。
ファウラーさんによれば、入社当時のUberは新しいモノを次々と開発し、学びのあるいい会社だった。ところが、数週間のトレーニングの後、参加したチームでの初日に“事件”がおこる。
彼女は上司から社内チャット(=company chat )を通じて、性的な誘いを受けたのである。
驚いた彼女は上司とのチャットをスクリーンショットで撮り、人事部に報告。
「私は人事部が適切にこの件を処理し、再び(セクハラ上司のいない)すばらしい人生を歩めると期待した」(彼女のブログを簡約)
「セクハラだけど有能だから」
ところが事態は予想外の方向に向かったのだ。
人事部は「これは明らかなセクハラであるが、彼(=セクハラ上司)の成績は極めて優秀で、今までセクハラの訴えを受けたことがない。今回のセクハラは彼の“初犯”であり、口頭での厳重注意のみとする」と回答。
そして、彼女に「チームを異動するか、そのまま残る(現状に耐える)か」の選択を迫った。“勝者”にはすべてが許される、とでもいわんばかりの物言いに彼女は当惑する。
なんせ、そのチームは彼女の専門知識を活かせる最良の場だった。社員に与えられた「活躍したいチーム」を選ぶ裁量権を、なぜ放棄しなくてはならないのか。納得できない彼女は、「ここで仕事をしたい!」と人事部に抗議。
ところが、人事部は一貫していっさい受け付けず、「去るべきはセクハラ上司」と何度訴えても、「アナタには選択肢を与えた。それを選ばないアナタが悪い」と逆に批判されてしまったのだ。
「このままでは自分にとってもマイナスになる」と考えた彼女は、出来たばかりの新しいチームに移る。そこでは充実した日々を過ごし、彼女が開発した製品が世界中で使われることになるなど、すばらしい経験をする。
で、その間に彼女は、他のエンジニアの女性たちも自分と同じようなセクハラを受け、同じように人事部から“初犯”と告げられていたことを知る。
人事部も上層部も“競争に勝った優秀な社員”の愚行を隠蔽し、明らかに特別扱いをしていたのだ。さらに、社内には性差別も横行。社内を見渡してみれば、当初25人いた女性エンジニアが6人まで減少していた。
そこで彼女はセクハラや性差別の報告書をまとめ、人事部に提出。すると上司から「自分は何が違法で何が違法でないか熟知している。キミのことを切ろうと思えばいつでも簡単に切れる」と、脅された。その上司も「ハイパフォーマー」として評価されている人物だったのである。
「その1週間後、新しい就職先を見つけ、Uberを辞めました。最後の日、女性の割合を計算してみると、150人以上のエンジニアのうち女性はわずか3%でした。
Uberで過ごした時間を振り返ると、エンジニアとして最高の仕事ができる機会をもらえたことに感謝しています。自分が開発した製品についても誇りに思います。
ただ、上記に記した出来事は、すべてバカげていて笑い飛ばすしかありません。奇妙な経験。変な一年」(彼女のブログを簡約)
ブログはこう結ばれていた。
CEOも暴言を吐く
ファウラーさんののブログは瞬く間に拡散。ブログには500件以上のコメントが付き、「あなたの勇気に感謝する」「こんな愚行は許されない」「私の会社でも勝者は特権を得ている」などなど、驚きと共感の嵐となった。テレビや新聞などのメディアも取り上げ、「競争に勝ちさえすれば、何でも許されるのか!」と批判された。
UberのCEO、トラビス・カラニック氏は慌てて火消しに奔走し、外部に委託して調査をすると明言した。
その調査の結果、彼女が報告したセクハラは氷山の一角に過ぎないことが明らかになる。
メディアが行った調査でもセクハラやパワハラが横行し、女性の身体を触り、男性を殴っている事例や、ドラッグを使用するマネジャーの存在が確認された。
これらを通して、社内にはカラニック氏と親しい「Aチーム」と呼ばれる人たちがいて、ハイパフォーマーは何をやっても会社に容認されていたことが、明るみになった。社長がお墨付きを与えたハイパフォーマーには、人事部も手を出せず、黙認するしかなかったのである。
さらに、カラニック氏自身の素行も問題になった。
今年3月。カラニック氏がUberのドライバーと、賃金体系について車内で口論している動画をBloombergが公開。
実は、Uberはライバル企業に対抗して運賃を下げ、ドライバーたちの時給は10ドルまで落ち込んでいたのだ。
動画には、カラニック氏の連れが降り、彼が一人になったところで、「賃金が低過ぎてやっていけない」とドライバーが訴える姿が映し出されている。
「こんな給料じゃ生きていけない。賃金を上げてくれよ!」と、抗議するドライバーに対しカラニック氏は全く聞く耳を持たない。それでも食い下がるドライバー。そして、カラニック氏は、
“Some people don’t like to take responsibility for their own shit! ”( 何でもかんでも人のせいにしやがって。ふざけんな!)
と吐き捨て、車を降りていってしまったのである。
なんとも……。
似たようなタイプは、日本にもいますね。
「競争に勝ちさえすればいいんだよ。勝つ努力をしないオマエが悪いんだよ」と、勝者の特権を振りかざす……。どんなに能力があろうとも、最低――です。
いずれにせよ、同社はセクハラやパワハラが疑われる215件のうち、現時点で54件の差別、47件のセクハラ、33件のイジメが確認され、20人超を解雇。残りの57件は、調査継続中だそうだ(日本経済新聞朝刊 6月8日付「米Uber セクハラ20人超解雇」)。
また、カラニック氏は、Apple Musicの消費者マーケティング責任者、ボゾマ・セイントジョン氏(女性)を、最高ブランド責任者(CBO)に迎え入れるという目玉人事を発表。Uberを「アップルのような人々から愛されるブランド」にするのが目的だそうだ(こちら)。
215件のセクハラやパワハラの疑いって……。いったいどんな会社なんだ。しかも、競争に勝った社員には人事部も手を出せず、トップの側近としてやりたい放題って。トップの“お友達”に周りは忖度するしかないっていうのは、万国共通なのだろうか。
そういえば、Uberは「空飛ぶタクシー」構想を打ち出していたけど、アレってネガティブなイメージを“夢のあるお話”で払拭するのが狙いなのかも、と思ったりもする。
計画では3年以内の実用化を宣言しているけど、。「何でもかんでも人のせいにしやがって。ふざけんな!」的プレッシャーで、新たな被害者が出ないこと祈るばかりだ。
カラニック氏は「魂を入れ替える」と宣言し、先のセイントジョン氏以外にも、米ハーバード大学ビジネススクールのフランセス・フレイ教授を副社長に起用する方針も明らかにしているけど、「勝つ」ことに執着してきた人の価値観を変えるのは容易ではない。
「成果主義は麻薬だ」
もちろんいかなる世界にも、競争はつきものであることを否定する気はない。
だが、結局のところ、競争に過剰に執着する人の多くは周りよりもたくさん稼ぐことにプライオリティを置き、競争に勝った人だけを「価値ある人間」と評価し、勝者は権利を得てしかるべきと信じ込んでいる。
世間からはカリスマだの成功者と持ち上げられ、その高揚感に酔いしれ、「負けていく奴は、努力が足りないんだよ」と切り捨て、「カネで買えないものはない」と平然と言い、マグロのように止まることなく泳ぎ続ける。
止まった途端に自分が終わるような気がして、その恐怖から逃れるために、どこまでもどこまでも競争に執着する。
あれだけ世間から評価されたベンチャーの創業者が、「チームA」 に特権を与え、ドライバーに無慈悲に対応する、なんて馬鹿げた行動を繰り返したのも、「どれだけ人よりも多く稼ぐかが大切。そうしないと社会的地位を手に入れられない」という経験が骨の随までしみ込んでいるためとしか、私には思えないのである。
以前、インタビューした人が、「成果主義は麻薬のようなもの」と話してくれたことがある。
彼の会社では、数年前から成果主義を導入した結果、社内の人間関係が悪化。だが、社長はそれを問題視しながらも、成果主義をやめることはできなかったというのだ。
「それまでの年功賃金か、成果次第の歩合制かを選べるようになった。歩合制は基本給が減る変わりに、トップセールスの社員には毎月10万円のボーナスが出る。ほとんどの社員が歩合制を選びました。10万は大きい。それに釣られたんです。
成果主義で、確かに会社の業績は上がりました。
みんな目の色が変わったし、社内の活気も出ました。給料が上がる人も結構いました。
でも、ウツになる社員も増えた。互いの足をひっぱったり、密告が増えたり……、とにかく醜かったです。
でも、社長は方針を変えないばかりか、競争を激化させた。成果主義の副作用を問題にしてるのにトップセールスのボーナスを上げたんです。また、ニンジンをぶら下げれば、事態が好転すると思い込んでいるのでしょう。
しかも、社長だけではなく、社員も新たなニンジンに喜んだ。最悪の職場環境でみんな窒息しそうになっているというのに。わけが分かりません。
結局のところ、成果主義(=競争)は麻薬です。味わった醍醐味が忘れられないんです」
有害な上司ほど従業員を“中毒”させる
奇しくも、先日。彼の“麻薬発言”を裏付けるような調査結果が明らかになった。
米国のコンサルティング会社「ライフ・ミーツ・ワーク」が、大卒従業員1000人を調査したところ、非常に有害な上司(=toxic leaders)の下で働く従業員は、そうでない従業員よりも仕事に忠実に入れ込む傾向が高いことが分かったというのだ。
ここでの「有害な上司」とは、公然と部下をけなしたり罵倒したり、怒りを爆発させたり、他者の功績やアイデアを自分の手柄にしたりする管理職のこと。
調査では「有害な上司」は、競争が激しく、勝つか負けるかといった雰囲気がある会社で多い傾向にあることもわかったとしていている。
また、有害上司の下で働く従業員は、そうでない従業員より平均で2年も長く勤めるという、予想に反した結果も出た。
なぜか?
有害上司は、権力も持っているので一見「有能」に見える。
もともと仕事へのモチベーションが高い従業員は、「ここで踏んばれば、昇進するときに有利になる」と考え、「これは自分にとってチャンスだ。このチャンスをつかみ続けておかなくては」と自分に言い聞かせ、ひどい扱いに耐えるという、「過剰適応」に陥っているのだ。
件の「成果主義は麻薬のようなもの」と語った男性は競争の渦に巻き込まれた結果、身体を壊し、2週間ほど休んだのち、競争を強いられる日常に戻るのが嫌になり退社した。
「休んでいるうちに気がついたんです。競争、競争って、オレ、何やってんだろう、って」
過剰適応の先にあるのは、バーンアウト。この男性はギリギリ燃え尽きる前に、立ち止まることに成功したのだ。
「Reflecting On One Very Very Strange Year At Uber」というタイトルを、ファウラーさんがつけたのも、「私、何やってたんだろう」という気持ちがどこかにあるのではないだろうか。
競争に勝つことは刺激的だ。そのとき得た「快楽」は、まさしく魔物だ。
競争社会が激化しているのは、揺るぎない事実だ。
だからこそ、私たちは「奇妙で、魅力的で、少しばかり恐ろしい」経験から身を守らなければならない。
バーンアウトは、文字通り燃え尽きること。灰になってしまってからでは元も子もない。
うまく行っている時ほどご用心!
いま仕事にノッている人、勝ち続けている人にこそ考えて欲しい。
絶好調のときほど、成果の出ない人を下に見ていないか、大切な人との時間はちゃんととれているか、家族をないがしろにしていないか、身体にムリがいってないか、成果主義の麻薬にいつの間にか溺れていないか、と一度立ち止まる必要がある。
だって、他者との競争に勝ったことで得た名声は、失敗で一夜にして落ちる。そして、誰も一生勝ち続けることなどできやしないのだから。
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