上司のパワハラ、患者家族の理不尽な要求…

「息子は夜間の当直のあとも、通常の勤務を行うのが日常茶飯事でした。

 連続36時間勤務だけでも尋常じゃないと思うのですが、家に帰ってからも勉強していた姿が忘れられません。妻が息子の身体を心配すると、『勉強しないと知識がアップデートされない』って、言ってました。

 息子が倒れるまで知らなかったんですが、上司からのパワハラもあったみたいです。本人が言わないので、具体的にどういったことがあったのかはわかりません。でも、医者の世界は、完全に年功序列で、上の人は絶対的な権力を持っています。私は医薬品メーカーに勤めていたので、まぁ、なんとなくわかるんですよ。

 若い医師に理不尽な要求を突きつけたり、ぞんざいな態度で接したりする場面に度々遭遇しました。私も、医師からファイルを投げつけられて、メガネが壊れたこととかありましたから(苦笑)。

 いやいや、もちろんそんなひどい人ばかりではありません。でも、一般の企業とはちょっと違いますよね。息子もずいぶんと我慢していたんじゃないでしょうか」

「患者の家族とのコミュニケーションには、ずいぶんとストレスを感じていたようで、それに関しては、よく愚痴ってました。見舞いに来ない家族ほど、クレームが多いって。

 倒れる半年くらい前だったと記憶していますが、そのときのトラブルには相当まいっていました。

 たまたま家族が来た時に、息子は他の病院の勤務日でいなかった。そしたら『なんで担当医がいない。これじゃ、家族には親の病気の状態がどうなっているかわからないじゃないか!勝手な治療は許さん。医者を呼べ!』って、怒り出した。

 そのあともことあるごとに些細なことでクレームを言われて、かなり大変だったようです」 

「退院するときにいないと、不機嫌になる家族も多いって言ってましたね。医者は24時間365日働いて当たり前とでも思っているんでしょうか。真面目にやってきたのに、かわいそうで。『人の命は何よりも重い』と教育されてきたけど、医者の命だけは軽いのかもしれません。

 私たちの世代は、『お医者さま』でしたけど、今は『患者さま』。もっと私も息子のストレスをどうにかしてあげられればよかったんでしょうけど。近くにいながら、彼が極限状態まで追いつめられていることに気付いてあげられなくて。かわいそうなことしてしまったな、と反省しています」

 以上が、冒頭で紹介した、自宅療養している医師のお父さんが話してくれた内容である。

研修開始直後は、4割がうつに?

 医者の命だけは軽い――。

 この言葉を聞いて、「そうだよ。そのとおりだよ」などと言う人は、いないはずだ。

 だが、そう言わずにはいられない現状がある。医師も人間だし、鉄人ではないことくらい、誰だってわかっているはずなのに。

 病院も、上司の医師も、患者の家族も……、すべて加害者。そして、息子の状態に気付いてあげられなかった自分への怒りも、お父さんを苦しめているようだった。

 今は落ち着いてきて、ゆっくりと回復に向かっているそうだが、生気を失った息子が、このまま生きる力を失ってしまうのではないかと、目を離すのが心配な時期もあったと語っていた。

 実は医師の過労自殺は、一般の労働者より多い。

 ただ、これは日本に限ったことではなく、米国では一般の労働者の4倍ほど高く、デンマークでも、医師の自殺は、看護師や教員など他の20以上の職種に比べて高いとの調査結果がある。

 “自死”という選択は、健康問題、経済問題、勤務問題など、いくつかの要因が絡み合った結果である場合がほとんどだが、医師のケースでは、長時間労働と、周囲からの要求の過度な高さ(責任の重さ、高い技術など)からうつになり、それが引き金になると考えられている。

 その傾向は研修医のときが最も顕著で、ある調査では研修開始から1~2カ月後、4割近くが抑うつ状態にあることがわかっているのである。