「左遷」…その言葉に透ける強者の論理

楠木:左遷ってその時は特別な出来事に思われますが、ちょっと長い目で見れば、誰もが経験することなんですよ。不本意な人事を左遷と表現するなら、左遷を経験しない人なんてほとんどいませんから。

河合:「平均以上効果」もありますしね。はたから見れば左遷ではないのに、本人がそう思ってしまうような。

楠木:そうです、そうです。私は現役時代、支社で次長になった際に、河合さんのおっしゃる「平均以上効果」に直面しました。大幅な異動を実施した際に、対象者の7~8割が不満を抱いている。どうしてそうなるのか不思議に思って1人ずつと面談したんですね。

 すると、みんな周囲の人間の異動については問題なしと考えていて、自分の異動だけがおかしいと思っている。ここは自分にふさわしい部署や役職でないはずだと。その時に分かったのは、みんな自分のことは3割増しで評価しているということです。

河合:思うんですが、左遷されたという心情の中には、「強者の論理」が色濃く漂っていますよね。

楠木:全くその通りです。「左遷させられた」と言うときには、自分を被害者の立場に置いています。でも、その異動先の職場や出向先の会社では一生懸命働いている人たちがいるわけです。

河合:そうそう。「飛ばされた」といったような言葉は、異動先で今働いている人たちにとって、本当に失礼ですよね。

楠木:異動後の働き方や人生を考えるうえでは、この自分の中にある強者の論理をどのように消化していくかが一つのポイントになります。

河合:その強者の論理を私から指摘されると、世のおじさんたちはたぶんすごく怒るんですけど(笑)

楠木:それは痛いところを突かれたと思うからでしょう(笑)