今年の3月8日の「国際女性の日」、野田聖子総務大臣(女性活躍担当大臣・内閣府特命担当大臣)は、

 「女性の就業者数はこの5年間で約200万人増加し、子育て期の女性の就業率も上昇するなど成果は着実にあがっています」

 とのメッセージを出した。

 が、その半数超は非正規である。

「ナニかやってます!」とアピールすることが目的

 大学進学率は「男子55.4%、女子は56.6%(内9.3%は短大)」でほぼ一緒。さらに、共働き世帯と専業主婦世帯の割合がこれだけ開いている状況下で、いったいなぜ?

 「女性は世帯主としてじゃなく、家計をサポートするためのパート・アルバイトが多いから」と指摘もあるが、貧困世帯率は男性単独世帯38.6%、女性単独世帯にいたっては59.1%。18歳未満の子と1人親の世帯に限ると貧困率は54.6%と半分を超える(ここを参照、12年、OECD統計)。

 つまり、あれだ。「女性活躍」とは「ナニかやってます!」とアピールすることが目的であり、格差是正のための手段ではない。「女性の暮らしの質を向上させましょう!」と狼煙だけあげ、ホントに向上したかどうかなんてどうでもいい。

 「女性」という言葉を使うこと自体に意味があるのだろうね、きっと。

 とどのつまり、「女性省」も、女性省という名の「ショールーム」でしかないのである。

 「ホラ、セクハラ問題とかで、女の人たちに嫌われちゃったし~」

 「そうそう。いろんな国にあるしさ~」

 「そうだよ、国連で言っちゃったし、世界のアピールにもなるぞ!」

 (関連情報はここ

 「年明けに『女性が輝く社会』の実現に向けて昼食会もやったしね」(関連情報はここ

 「よし、女性省だ!」

 「おう、女性省ね!」

 「とりあえずは参議院から意見書ってカタチで出したらどう?」

 「いいね」

 「うん、いいね」

 「女性省の考えは、いいね」

 ってことなのだろう。

 私は数年前までは、どんなカタチであれ“風”が吹くことは悪くないと、考えていた。「転換期だから変化はすべての人に平等にはこない。でも、必ず良い方向に向く」と。

 が、今は違う。偉い人たちの“ショールーム“信仰に、うんざりしている。「『女性』という言葉を都合よく使うのをやめてくれ」と。内閣支持率アップのための女性枠を設け、“ショーケース”に女性大臣を飾ったり、「女性」を持ち上げドヤ顔するジジイどもに辟易している。「女性活躍」の先頭に立つ“女性政治家”たちも例外ではない。

 だいたいなぜ、「女性」なんだ?

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