20歳の青年は、しっかりと自分の言葉で、自らを罰するがごとく言葉を紡いだ。記者たちが“狙った”安易な質問にも、一切のらなかった。

 あれって、なかなかできることじゃない、と思うのです。
 あのフラッシュの中での記者会見は、本人の想像以上のプレッシャーと緊張との戦いだったはずだ。
 一挙手一投足を逃すまいと構えるカメラと、記者たちがしきりに繰り返した「なぜ、監督やコーチの指示に従ってしまったのか?」という「責め」にも、彼は屈しなかった。

弱さと向き合い、自己受容を手に入れた

 青年は、普通であれば目をつぶりたくなるような、自分の弱さ、不甲斐なさと正面から向き合い、「自己受容(self acceptance)」というリソースを手に入れていたのである。

 自己受容とは、ナルシシズム的な自己愛や過剰な自尊心とは異なり、自分のいいところも悪いところも、しっかりと見つめ、自分と共存しようとする感覚である。

 SOCの高い人たちは、いくつものリソースを獲得しているだけでなく、困難に遭遇する度にリソースを動員する力もある。

 リソースとは、世の中にあまねく存在するストレッサーの回避や処理に役立つもののこと。お金や体力、知力や知識、社会的地位、サポートネットワークなども、すべてリソースである。
 リソースは、専門用語ではGRRs(Generalized Resistance Resources=汎抵抗資源)と呼ばれ、「Generalize=普遍的」という単語が用いられる背景には、「ある特定のストレッサーにのみ有効なリソースではない」という意味合いと、「あらゆるストレッサーに抗うための共通のリソース」という意味が込められている。

 彼は、プレッシャーと先行きの見えない不安から、監督とコーチに屈してしまったけど、ちゃんと「自分」を取り戻した。
 ラフプレーで退場になったあとテントで大泣きしたとき彼の内部にあった「自己受容」に気付き、ご両親や関係者のサポートというリソースに支えられながら、自己受容を強化したのだ。

 「自己受容」はSOCを高める大切なリソースのひとつだ。
 私の個人的な感覚では、40代以上で「自己受容」ができている人は、例外なくSOCが高い。一方、10代や20代で自己受容できている人は、幼少期での親子関係が極めて大きな役割を果たしていた。
 実際、私がこれまでインタビューした人たちで、自己受容できている人たちはそうだった。

 ⻑くなるので具体的なことは、今回は書かないけど(いずれ機会があったら書きます。著書には書いてあるので興味ある方はそちらを読んでください。すみません)、彼にもSOCが育まれる質のいい親子関係があったに違いない。