実は男性へのインタビューは、彼の部下からの紹介だった。
「成長する気持ちやチャレンジ精神が強くて、リスペクトしている。自分はいつも見習っている」
 部下は彼をこう評価していた。

自分を俯瞰できた人はジジイにならないはずなのに

 「成長する気持ち」は、健康社会学的には「人格的成長(Personal growth)」と呼ぶ。これは「自分の可能性を信じる」感情で、本コラムで何回も書いているSOC(Sense of Coherence)を高める大切なリソースのひとつだ。

 人格的成長は年齢とともに低下しやすいのだが、この感覚を持ち続けられる人は「老害」にならない。いわば「ジジイ」と対極にいる人にあるリソースで、後輩や部下たちからリスペクトされ、いつまでも若く、元気で、進化し続けるためには必要不可欠なリソースである。

 また、人格的成長を持ち続けることは、「学びたい」という成長に向けた思考態度であり、これによって“今”を「私の人生は、学んだり、変化したり、成長したりする、連続した過程である」と、成長への通過点と捉えることが可能だ。

 つまり、アレだ。先の男性はこのすべてを、今まで実践していたのである。

 その男性が「周りが消えた」と、「自分は負け組だ」と、嘆く。

 「“ジジイ”になりそうになっていた」と、自分を俯瞰できた人はジジイにはならないはずなのに、私は彼の話を聞き、「う~む。これは新種の“ジジイ”かもしれない」と困惑した。

 だって、彼は「次が決まらない」と言い訳し、「動き」を止めていたのだ。
 そんな彼に対し、 「決まらずとも、アレコレ考えずに1、2のさ~んで飛び出せばいいじゃん。それが自分の可能性にかけるってことだよ」
と、脳内のサルが騒ぎ、 「大丈夫だよ。みんなリスペクトしてる。決まらないのは、まだそこでやるべきことがあるってことなのでは?」
と、脳内のウサギは彼を慰め、
「結局、社会的地位、収入といった『豊かさ』を捨てられない人なんだ。ちょっと残念」と、脳内のトラは突き放した。

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