「職場に変化が起きている」と多くの人が肌で感じていただけに、ルノーの連続自殺事件の注目度は高く、カルロス・ゴーン氏が、ルノー本体のCEOに復帰した時期と重なることから、「ゴーンは、日本の『過労自殺』という経営手法までフランスに持ち帰ったのか」と揶揄された。

 実際ゴーン氏の要求は高く、自殺者が残したメモには「会社が求める仕事のペースに耐えられない」と書かれ、夫を失った妻は「毎晩、書類を自宅に持ち帰り、夜中も仕事をしていた」とサービス残業が常態化していたと告白するなど、ゴーン氏の経営手法は問題視された。

 また、08年にはフランスの銀行で働く12人の従業員が自殺。その翌年に起きたのがテレコム事件だったことから、度重なる連続自殺の背景には「組織的モラハラ」があるという認識が広まり、“モラハラ“という言葉が連日メディアで取り上げられるようになったのである。

 フランスで「モラハラ」という言葉が一般化したのは、1990年代後半。

 精神科医のマリー・F・イルゴイエンヌの著書、『Le Harcelement Moral: La violence perverse au quotidien(邦題『モラルハラスメント・人を傷つけずにはいられない』)』が大ベストセラーになったことがきっかけである。

批判は個人ではなく、会社という組織に向けられた

 それまで多くの人たちが、「職場のいじめや暴力」を経験したり、目撃していたが、その“問題”を“問題にする”ための言葉がなかった。

 そこへ、イリゴイエンヌ氏はもともと夫婦間の精神的暴力を示す言葉だった「モラハラ」を、職場で日常的に行われているイジメに引用したことで火がついた。
 「私もモラハラされた!」「うちの職場でもモラハラがある!」と大論争になり、それまで「隠されていた問題」が表面化したのだ。

 さらに、イリゴイエンヌ氏が著書の中で、いくつもの実際におきた事例を被害者目線でとりあげ、「企業経営がモラハラを助長している」との見解を示したことで、批判は「個人」ではなく「組織」に向けられることになる。

 その結果、1999年には国会で法案が提案され、2002年1月17日職場でのモラルハラスメントに言及した「社会近代化法」(労働法)を制定。

 労働法では、

 「従業員は、権利と尊厳を侵害する可能性のある、身体的・精神的健康を悪化させるような労働条件の悪化をまねくあるいは悪化をさせることを目的とする繰り返しの行為に苦しむべきではない」

 とし、

 「雇用者には予防義務があり、従業員の身体的・精神的健康を守り、安全を保障するために必要な対策をとらなければならず、また、モラルハラスメント予防について必要な対策を講じなければならない」

 と、企業に予防・禁止措置を課したのである。

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