熊本で地震が続いている。こういったときというのは、正直な話、何をテーマに書いていいのかわからなくなる。
何か自分にできることはないか、できることをやりたい、という気持ちがあって。他の媒体では、「震災とストレス」について話したり、書いたり、してきた。が、本コラムではどうしたらいいのだろう?と。
そこでアレコレ考えた結果、今回は基本に戻って「ストレス」について書こうと思う。
というのも、5月前後は、「自殺者」が増える季節でもある。震災も含め、なんらかのストレスの雨に降られているすべての人にとって、5月という魔の季節の罠にはまらないよう、ストレス対処の基礎知識を役立てて欲しいと考えた次第である。
まず、下のグラフをご覧頂きたい。これは月別の自殺者数の発生割合を示したもので、春先に自殺者が増えていることがわかる(2011~2015年)。特に30代、40代で多くなり、動機としては、経済的な問題、生活上の問題、仕事上の問題が多くを占める(平成27年「参考図表」(内閣府))。
自殺者数の月別推移(各月の数値は年平均値と比べての割合/2011~2015年)
出所:内閣府
春~初夏に自殺者が増えるのは、日本だけの現象ではない。しかも、昔からこの不思議な季節曲線は存在し、最初に注目されたのは19世紀。ヨーロッパの医師が発見し、世界中の知識人たちの関心を集めた。
かくいう私も、生気象学(気象と心身の関係の学問)から、現在の健康社会学(人と環境の関わり方の学問)に進んだきっかけのひとつに、「季節と自殺」があった。修士論文のテーマを「新卒社会人の五月病の追跡調査」にしたのも、このためだ。
曲線の波は年ごとに若干の違いはあるが、春になると年平均値から10~25%ほど増える。その後はゆっくり下落し、秋になるとわずかな上昇を示すものの、冬になると急下降する。
「約束破りの効果」とは
「なぜ、春なんだ?ウツ傾向が強まるのは冬だぞ!」
ウツと自殺の関連の研究が進み、「春の謎」は増々混迷を極めた。
※冬にウツ傾向が強まるのは、「冬季うつ病」「季節性うつ」と呼ばれ、日照不足でメラトニンの分泌量が減ることが原因と考えられている。北欧に顕著に認められる症状。
なぜ、春に自殺者が増えるのか?
残念ながら、一貫した回答は得られていない。そもそも「自殺」という最悪の選択は、さまざまな要因が複雑に絡み合って行われるため、その原因を突き詰めるのは極めて困難である。
ただ、春が他の季節と違うのは、日照時間が急激に長くなること、それがメラトニンやビタミンDの生成量の変化に関係すること、さらには花粉の飛散がサイトカインという免疫物質を引き出し、炎症反応を強める――などなど。これらの自然環境の変化との関連性を疑う意見は根強い。
その一方で、最近注目されているのが、「約束破りの効果(broken promise effect)」だ。草木や動物だけでなく、実は、人間にとっても春は成長の季節で、春先に「希望」を抱く心理が働き、その希望と現実とのギャップが、自殺の引き金になるのでは?と考えられている。
つまり、過剰なストレスを抱え、ギリギリの精神状態にいた人が、春のうららかな陽気に「光」を感じ、それが期待どおりにならなかったときに落胆する。「もう無理」、と。希望の光の裏切りで、生きる力が萎えてしまうのだ。
ストレス対処も「初期対応」が非常に大切
特に日本では新年度と重なるので、新しい職場や、人間関係に関連して、「今年度は○○しよう!」と期待・奮起する人は多い。もともとストレスの多い職場にいた人にとっては、最後の賭け。
30代、40代のミドル世代で自殺者が増えるのも、この世代が日常的にストレスの雨にさらされている分、期待通りの結果が得られなかった際に余計に堪えるからとも解釈できる。
「昇進し、結果を出さなきゃと自分でもがんじがらめになっていました。すぐに結果を出さないと、『ダメなヤツ』とレッテルを貼られてしまうので、無理やり高い目標を設定し、上司に認めてもらいたいという気持ちが強かったんだと思います。でも、結果的にそれがプレッシャーとなり、自分でもストレスが自覚できず、倒れちゃって。情けないです」
これは年度末に昇進し、数カ月後、異動先でメンタル不全に陥った男性が語っていたこと。現在は回復し元気に働いているが、当時は「会社を休みたいという気持ちすら起きないほど、疲弊していた」という。過度なモチベーションは、「私は大丈夫」と自分にウソをつかせる危険な感情。彼は、自分で自分をがんじがらめにしてしまったのだ。
いずれにしても、いかなるストレスも、ストレッサー(ストレスの原因)そのものはそれほど重要ではなく、いかに、そのストレッサーに対処するかが「その後」を決める。
ストレスの多いミドル世代はもちろんのこと、新入社員も上手く対処しないと、いわゆる「五月病」が慢性的なうつにつながるリスクが高まることがわかっている(筆者の調査による)。
対処の重要性は、震災も同じだ。震災時は、家の倒壊、経済的な問題、仕事の問題、大切な人の死などの困難に次々と遭遇することで、ストレスが「ドミノ倒し」のように続いていくのが特徴である。今、この時期に「大震災によるショック」に上手く対処し、ドミノが倒れないようにしなくてはならない。
まずは、とにもかくにもストレス発散!
そこで、ここからはストレスの対処法について紹介するので、是非、参考にしてください。
人間は何らかのストレスを感じると、その状態から脱するための対処行動を本能的に探る動物である。その対処行動は、大きく2つに分けられる。
1つは、へこんだ気持ちを元に戻す対処(ストレスへの対処)。
もう1つは、ストレスの原因となっている問題を解決する対処(ストレッサーへの対処)である。
ストレスとうまく付き合っている人は、この2つの対処を巧みに組み合わせながら、ストレス状態から脱している。
ストレスに対峙するには、まずは、自らをびしょ濡れにしている「雨を吐き出し」、へこんだ気持ちを元に戻し、次に問題解決に向かうことが肝心である。遭遇しているストレスが大きければ大きいほど、へこんだ気持ちを元に戻さなくてはならない。
この対処は、俗に言うストレス発散と考えていい。「めちゃくちゃストレス溜まったから、ストレス発散にカラオケに行こう!」といった行動だ。
お酒を飲んだり、歌を歌ったり、趣味に没頭したり、愚痴を言ったり、ひたすら寝たり……。とにかく気持ちがスッキリする行動を積極的にとる。心のへこみ具合が強い場合は、「寝る→体力回復→ストレスを発散する→寝る」というサイクルを、最低でも2回は繰り返して欲しい。
今週末からスタートする連休を上手く使って、「俺はまだ大丈夫」と思っている人も、積極的に仕事から離れて心の健康の回復に努めて欲しい(自戒も込めて)。
「イベントの自粛」などは誤った対応
やっかいなのは、ストレスによるショックが強すぎると、「ストレスを発散しよう」という気持ちすら湧いてこないこと。特に今回の大地震のような、予期せぬ急性のストレスに遭遇した場合、こうした状態に陥りやすい。
つまり、「イベントの自粛」などはもっとも間違った対応となる。私たちが、非日常(=イベントなど)を経験するとストレス発散につながるように、被災者の方にもそういった時間を周りが作ることが必要となる。イベントなどの自粛は、皮肉にも心の復興を遅らせるのだ。
遊ぶ、運動する、といった遊戯もストレスの発散に大きな効果をもたらす。これまでの調査でも、「子どもを遊ばせる」といった取り組みが、子どもたちの恐怖や不安の解消に役立ったことがわかっている。
先日、今回の熊本地震に関連する形で「保育園児の散歩は不謹慎」との批判があったようだが、むしろこういったときだからこそ、散歩すべき。青空を見て、小鳥のさえずりを聞き、新緑の下で気持ちのいい空気を吸うことで、へこんだハートが少しだけふっくらとする。春という「気持ちのいい季節」と「光の効果」を上手く使うことも重要なのだ。
とにかく最初の対処は、心の針がポジティブな方向に傾くよう、多少強制的にでも、ストレス発散に努めること。
どんなに「前向きに考えよう」とか、「ふんばろう!」と頭で考えても、心がへこんでいると気持ちがついていかない。ささいなことでイラついたり、視野が狭くなったり、前に進もうとすればするほど、物事を悪い方にとらえるようになる。
なので、できる限り気持ちがリフレッシュできることをして、まずはへこんだ気持ちをポジティブとまではいかなくとも、平常心に近い状態にまで戻すことが肝心なのだ。
「誰かの役に立つこと」で元気を得る
「でも、カラオケもしないし、趣味もないし、どうやってストレス発散したらいいのか……」という方は、「誰かの役に立つこと」をするのも効果的。
東日本大震災のときにボランティアに参加し、「自分もがんばろう!」と逆に元気をもらった経験をした人は多いはず。ボランティアセラピーといわれるように、無償で人に役立つことに関わると、心がホワッと和らぐメカニズムを私たちはもっているのである。
もし、熊本や大分などに行かれる場合には、是非とも「一緒にやる」を実行して欲しい。大震災下でのストレス過多状態では、どうすることもできなかった状況への「無力感」もあるため、「役割を得る」対処法が効果的。被災した方々と一緒に「心の回復」に努めればいい。
「おじいちゃん、ちょっと手伝ってもらえませんか?」と頼んでみたり、「これをお願いします!」と仕事を頼む。「おばあちゃん、これってどうしたらいいですかね?」と、おばあちゃんの知恵袋を借りるのも効果的だ。
心のケアの押し売り
是非とも注意していただきたいのが、「心のケアの押し売り」である。
たとえ善意であれ、ストレスに関する専門的な知識のない方が、心のケアに乗り出すのは得策ではない。ケアする人は、「被災した人たちは悲しくて、不安でたまらないだろう」とネガティブな感情の吐露を期待するが、人間の心というのは、実に複雑である。
とんでもなく悲しいときに、笑ってしまったり、ジョーダンを言ってしまったり。これらは、すべて人間の本能に宿る治癒力。本来であれば、そういった感情を素直に出すことで、ちょっとだけ心が和む。
ところが、「心のケア」を目的とした人たちがくると、悲しい顔をしなくちゃいけないんではないか? 困ったふりをしなければいけないんじゃないかと、ネガティブな感情を演じなければいけないという「ストレス」にさらされる。
東日本大震災で大きな被害を受けたある地域では、震災から3カ月たったときに、ボランティアやメディアを一切シャットアウトして、カラオケ大会を開いた。
「○○町の◎◎太郎です。オヤジと弟が目の前で津波に流されていきました!『兄弟船』歌います!」
「▲町の○×花子です。あそこの電信柱に、ジイさんがぶつかって死にました! 『花』歌います!」
と、泣き笑いしながら大声で歌った。
実にシュールで、誰にも見せられない内緒のカラオケ大会に救われた、そう語る人たちがたくさんいた。
どんなことでもいい。とにもかくにも、まずは、「へこんだ気持ちを元に戻す対処」を極力実践し、次の「ストレスの原因となっている問題を解決する対処」に備えることが肝心なのだ。
1人きりで頑張らない
さて、気持ちが元に戻ったあとは、ストレスの原因となっている問題にいかに対処するかを考える必要がある。
そのためには、
「自分はいったい何にストレスを感じているのか?」
を、何度も考え、ストレスの原因を明確化することが必要となる。
「将来への不安」「職場のストレス」「家族の問題」といったように漠然と捉えるのではなく、もっと具体的に、自分にとって具体的に「何が」最大のストレッサーになっているかを突き詰める。
- 上司との関係なのか?
- 仕事の量の問題なのか?
- 仕事を効率的にこなせていないことなのか?
あるいは、
- 夫婦関係の、何に問題があるのか?
- 子育ての、どんなことに迷いがあるのか?
- 金銭的な問題の、どういった状況に不安なのか?
- 育児の、何にストレスを感じているのか?
などなど、「これでもない、これは?いや、違う。あ、こっちだ」といった具合に、問題を掘り起す。
で、ストレスの原因が明らかになったところで、「その問題を解決するには何をすればいいか?」を考え、実行する。これが、ストレスの原因となっている問題を解決する対処だ。
ここでは、決して、一人きりでがんばってはならない。ストレッサーへの対処は体力もいれば時間もかかるので、必ず、職場の同僚や“斜め”の関係にいる上司など、問題解決に協力してくれる同志を得ること。専門家に相談するなど、“プロの傘”を借りるのも有効である。
エネルギー切れしたら休む
さらに、職場環境、家庭環境に存在するストレッサーの根本的な解決を図るには、通常、膨大な体力と時間を要す。と同時に、現実的には、そうそう簡単に解決できるものでもない。
なので、エネルギー切れしたらとにかく休んで欲しい。
いったん立ち止まり雨宿りする。ストレス発散に精を出し、消耗したエネルギーを充電する。
この繰り返しを首尾よく行うことが、ストレスとうまく付き合うコツだ。
あっという間に連休があけ、ストレスフルな日常が戻る。そのときに、「よし! 夏休みまで、またがんばろう!」と思えるよう、遊び過ぎたかな?と思うくらい遊んで欲しい。
え?新入社員の「五月病」はどうすればいいかって?
私が行った追跡調査では、ほとんどの新入社員が程度の差こそあれ、「五月病」と呼ばれる症状に陥っていた。原因は、イメージしていた仕事と実際の仕事のギャップ(=リアリティ・ショック)だ。これは職場への適応の過程で、誰もが通過する心理状態で、「約束破りの効果」とは少しばかり異なる。
ただ、上手く対処しないと慢性的なウツにつながるリスクがあるので、気をつけなくてはならない。
学生時代の友人や、同じく新天地でモヤモヤを抱えている友人たちと愚痴を言い合うだけでも、エネルギーの充電に役立つ。そして、職場では上司の手を借りながら、自らの「役割の明確化」を行うこと。「仕事でわからないこと」があれば積極的に先輩社員に聞き、自分がやっている仕事が「なんのためなのか?」を知る努力を心がける。
一方、上司は彼らに「適切な役割を与える」こと。どんな小さな役割でもいい。とにかく「キミも我が社の一員なんだよ」」というメッセージを込め、役割を明確化し、どんなに些細な仕事でも「その仕事の意味」を少々めんどうでも教えてあげてほしい。すると仕事へのモチベーションが高まり、“五月病”を脱することができる。
最後に。個人的な話になるが、私の両親は九州出身である。父は熊本、母は大分の湯布院。私は生まれるときに父が米国に行っていたため、母の実家の旅館で生まれ、番頭さんに育てられた。今回の震災で、湯布院の被害は限定的だった。ただ、予約のキャンセルが相次いでいて不安を抱えている。熊本・大分には、そういった観光地も多い。
なのでボランティアなどで九州に行かれる方は是非とも、湯布院など、九州の温泉地で、疲れた心と身体を癒してくださいませ。無色透明の温泉と、目の前に広がる由布岳と、美味しい料理でストレス発散できること間違いなし。私も、時間を見つけて行きたいと思います。
この本は現代の競争社会を『生き勝つ』ためのミドル世代への一冊です。
というわけで、このたび、「○●●●」となりました!
さて、………「○●●●」の答えは何でしょう?
はい、みなさま、考えましたね!
これです!これが「考える力を鍛える『穴あけ勉強法』」です!
何を隠そう、これは私が高校生のときに生み出し、ずっと実践している独学法です。
気象予報士も、博士号も、NS時代の名物企画も、日経のコラムも、すべて穴をあけ(=知識のアメーバー化)、考える力(=アナロジー)を駆使し、キャリアを築いてきました。
「学び直したい!」
「新商品を考えたい!」
「資格を取りたい!」
「セカンドキャリアを考えている!」
といった方たちに私のささやかな経験から培ってきた“穴をあけて”考える、という方法論を書いた一冊です。
ぜひ、手に取ってみてください!
『
考える力を鍛える「穴あけ」勉強法: 難関資格・東大大学院も一発合格できた! 』
この記事はシリーズ「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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