ただ「残念だな」と

 訴訟の弁護をした法律事務所のHPには、「国立大学の教職員は、2004年に大学が法人化されたことによって、民間の労働法制が適用されることになりました。ところが、京都大学は、国からの震災復興財源確保のための『要請』を理由として、組合や教職員と何ら合意することもなく、教職員の賃下げを強行しました」ことに端を発していると、明解に書かれている。

 しかも、あくまでも「賃金への不満である」ことは、4月3日の「堀江貴文氏を弁護する」という高山教授のブログからもわかる。

 「私のブログ中の賃金訴訟に関する記事を確認していただければわかりますが、給与明細の公開は、賃金訴訟の過程で行われたものです。

 この賃金訴訟における請求は、簡単に言うと、東日本大震災復興財源確保のために必要だとして60数万円の賃金を一方的にカットされたが、嘘だったから返してほしい。というものです。

 理由もなく自分の財産を数十万円も取られたら、誰だって返してほしいと思いませんか?犯罪の被害に遭ったも同然です」 

 ……念のため断っておくが、ご自身の賃金を不服とし、裁判を起こすことについては私がとやかくいうことではない。これを京都大学教授という、卒業後、リーダーとなっていくであろう学生たちに教育する立場の人がやったことが、ただただ「残念」でたまらないのである。

 私には「賃金への不満」が、「研究費への不満、人材流出への懸念」に体良く変わっているとしか見えないし、「理由もなく自分の財産を数十万円も取られた」ことへの不満の正当化の手段に、研究費や学生を使わないでほしい。

 「研究費は年間12万5000円。私費での購入となることが多い」ことを訴えるのが目的であるなら、そのことをストレートに訴えれば宜しい。研究にかかった費用の明細、私大との差、海外との差、そのほうがよほど説得力がある。 

優秀な研究者を育てたいのであれば…

 実際、想像以上に研究にはカネがかかる。学術書は高いし、学会員になるのも年会費が1万円前後かかるし、原著論文一つをダウンロードするにも30ドル近くかかる。調査分析をする統計ソフトも10万円近くするモノが多い。また、学会に参加するのにも費用がかかる。「日本では、カネがないと学問ができない」と、大学院に通っているときに痛感した。

 教授が指摘しているとおり、助成金にはさまざまな制限があるし、助成金を獲得するまで待っていては、研究は進まないので持ち出して進めることもしばしばである。

 だが、その一方で、大学側が契約している学術誌の論文であれば、学内でダウンロードするのはタダだし、パソコンやパソコンのソフトには、アカデミックプライスが設定されている場合が多いため、学生や先生は一般価格より安く購入できる。

 それに、助成金を取ってくることも、研究者としての重要な資質だ。「○○大学の教授」と突っ立っているだけで、「じゃあ、先生これで、日本のため世界のために、研究をなさってください!」と研究費を差し出してくれるほど、世の中、甘くはない。

 大型科研費に申請する内容の論点を磨く力も求められるし、企業や財団の情報をマメに集めたり、産学連携を模索したり、研究費を得るためにかけずり回ったりすることだって、ときには必要になる。

 私が院生だったときは、研究室の科研費がちょうど切れたときで、自分でどうにかするしかなかった。企業や知人に協力してもらうために、ありとあらゆる手段で、頭を下げまくった。

 研究費を得るのは、研究以上に骨の折れる作業なので、もっとさまざまなカタチで研究費が日本でも増えればいいと、正直に思う。だが、学生にカネを集めることの大切さを教えるのも必要なこと。優秀な研究者を育てたいのであれば、なおさら教えるべきことだ。

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