さて、みなさんは、これを見てどう感じただろうか? 年収940万円は、やっぱり低いのだろうか?

 少なくとも高山教授は、「低すぎる」と思っていらっしゃる。。「国立大の現状を広く 知らしめることが目的」の真意は、「京都大学の教授なのに、たった年収940万円しかもらっていないのよ~。これってひどいですよね!」と共感して欲しかった。そうとしか私には思えなかった。

 ちなみに、大学教授の労働条件は、一般的には以下のようなものらしい。

・平均年齢:57歳
・勤続年数:17.4年
・労働時間:155時間/月
・超過労働:1時間/月
・月額給与:657,200円
・年間賞与:2,850,500円
・平均年収:10,736,900円
(厚生労働省「平成26年度 賃金構造基本統計調査」を基にCareer Gardenが掲載したデータ)

 また、「国税庁 平成26年度民間給与実態統計調査」よれば、サラリーマン全体の平均年収は、415万円。業種別には、もっとも多いのが、電気・ガス・水道業で、655万円。2位は、金融・保険業で、610万円。3位は情報通信業の593万円で、次いで、教育事業系の507万円、製造業の488万円で、全体の平均年収415万円に近いのが、運輸業や郵便業、不動産業などとなっている。

 さらに、年収1000万円を超える人は4.1%、2000万円を超える人は0.4%となっている。

ホリエモンに、一部同感!

 さて、本題に戻ろう。まず、この一連の流れを経て、私が感じたことを述べたいと思う。

 前述したとおり、940万円という数字は、個人的には「妥当」だと思う。が、それ以上に、3月28日のブログに、めちゃくちゃ違和感を覚えた。そのつまり、大学という教育の場に勤める教師が、京都大学教授という社会的地位と、賃金を天秤にかけて論じているのが、実に残念で。「働く」という行為が、難しくなったご時世だけに、余計に残念でならなかったのである。

 だって「私大並みに引き上げるべき」というのであれば、私大に行かれれば宜しいではないか。

 「私は転出しない予定。アジア諸国からトップレベルの学生を集め、母国の大学教員や法曹として送り出すシステムを確立したい」という熱い思いがあるならなおさらのこと。教授の“思い”に共感する私大に移られ、実現なされば宜しい。

 netgeekの記事が公開されるや否や、堀江貴文さんが「何言ってんだこの教授。バカか」と噛み付き、「給料に不満があるなら大学教授を辞めて、事業を起こせばいい。お金は他人の役に立った対価として支払われるものだから。国立大学教授の給料は、もっと安くてもいいと私は考えます」とコメントし、しまいには「こんな奴に税金使われてると思ったら腹立つね」と吐き捨てた。

 堀江さんの「国立大教授」に対する市場価値の意見には同意ではないが、「給料に不満があるなら大学教授を辞めて、事業を起こせばいい」という点は、その通りだと思う。

 「でも、日本の大学って研究費少ないから、件の教授の言ってることは、ある意味正しいのでは?」

 そういう意見もあるかもしれない。

 だが、そのことと今回のことは、全く別。2014年7月1日の年収公開のブログから、3月28日の“騒動後”のブログを追えばわかるように、問題のすり替えでしかない。

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