労働時間は減っている……統計上は

 日本が「労働時間を削減しよう!」という目標を掲げたのは、今から30年前に遡る。

 1986年に「前川リポート」が提出され、内需拡大の重要な柱のひとつに、「欧米先進国並みの年間総労働時間の実現」を求めたのが始まりである。

 翌年には、経済審議会で「2000年に向けてできるだけ早期に、現在のアメリカ、イギリスの水準を下回る1800時間程度を目指すことが必要である」とし、1800時間という数値目標を設定した(新前川リポート)。

 その後、1988年に策定された新経済計画「世界とともに生きる日本」や同年の第6次雇用対策基本計画などにも1800時間達成が盛り込まれ、

「1800時間」

が 国を挙げての目標となったのである。

 なぜ、1800時間だったか? その理由が、実に"日本人"らしい。

 「英米は1900時間台で、独仏は1600時間台でしょ? だったらその中間がいいんじゃね?」という感じで決まったとされているのである。

 なんとも……。

 さて、そんなテキトーな感じで掲げられたといわれる数値目標ではあったが、実はしっかりと達成されている。

 1960年、日本人1人当たりの1年間の労働時間は、戦後最高の2432時間を記録。その後、1975年には2064時間、2002年には1837時間まで短縮された。

 目標としてきた「1800時間」まで減らすことに、成功したのだ。

 だが、実はこれ、成功であって、成功ではない。労働時間が減少傾向に転じたのは、週休2日が普及してきたことによるものだし、パートタイムなどの労働時間もこの数字に含まれている。つまり、「みせかけの労働時間」でしかない。

 そこでフルタイムの労働者にしぼり、「1週間の労働時間」で比べたところ、「え~やっぱり~~~!」という数字が出た。

・「1週間の労働時間」は、1980年代と2000年代はほぼ同じ。
・平日の「1日当たりの労働時間」は増加傾向。男性では1時間以上も増加していた。

 

 さらに、「1日10時間以上働いている人」の割合は、1976年には17.1%だったのが、2011年には43.7%。なんと倍以上に増えていたのである。
(S.Kuroda ,“Do Japanese Work Shorter Hours than Before?” journal of the Japanese and International Economies, 2010)

「月80時間以上」をただ取り締まるだけでは……

 10時間以上の人が43.7%って……。

 そりゃあ「8時間で済むとか、仰る通りあり得ないので安心してください」ってtweetもしたくもなる。

 これだけワークライフバランスだのなんだと言っているのに、「働き蜂」と海外から揶揄された時代よりも、蜂さんたちが増えた。

 「残された私たちでやらなきゃなので、日々、仕事量だけが増えていってます」――。

 冒頭の女性が言っていたように、同じ会社の中でも一部の“デキる”人たちに、仕事が集中している。何となくは誰もが感じていたことが、こうやって数字で示されると、その深刻さがよくわかるのではあるまいか。

 企業規模によっても、労働時間は、とんでもなく異なる。

 下請けの企業では、「○○までにやってよ。え?できない。だったら他に頼むわ」なんて発注元から言われたら、泣く泣く受けるしかない。月残業時間が100時間を超えようとも、200時間に迫ろうとも、その分の人件費がかかろうとも「ノー」という答えは用意されていないのだ。

 強きモノたちが「利益をあげよう」とすればするほど、弱きモノたちにしわ寄せがくる。

 厚生労働省は、立ち入り調査をする残業時間の基準を月100時間から80時間に引き下げ、専門班を設置するとしているけど、ただ取り締まるだけじゃなく、発注元から不当な圧力はなかったかなども徹底的に取り締まならないと意味がない。「取り締まる人」と「取り締まられたくない人」との、イタチごっこ。その結果涙するのは、そこで働く「人」であり、家族であり、ひいては悲惨な結末になりかねないのである。

 社会を上から見おろすばかりでは、長時間労働は一向になくならない。上から見下ろすばかりだから、「大企業」しか見えず中小は苦しむばかりで。

 組織を上から見下ろすばかりだから、「最近の若者は……」となり、一部の人たちだけが悲鳴を上げる。

 問題を解決するには、下から見上げ、足下で起こっている問題が「そもそも起こるワケ」を探るしかないのである。

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