【カルテ3 官僚たちの墓標】
・「過労死問題」に取り組んでいた経済企画庁経済研究所の研究官が、97年に52歳の若さで過労死。
・99年、環境庁(現環境省)の職員が過労死。環境庁の仕事は環境意識の高まりとともに激増するも職員数は80年の895人から微増の1020人(99年度)。
・97年、8人の官僚が自殺を図る(1人は未遂)。半分は20代、30代のキャリア官僚。
・98年、28歳の大蔵省キャリア係長が自殺。
・99年1月、25歳の郵政省キャリア職員が自殺。同年8月、52歳の国税庁のキャリアが大蔵省4階から飛び降り自殺。

【処方箋はあるか】

 官僚たちの過労死問題は、
・人員不足
・国会審議の質問取りや答弁作成になどが大きな負担
・本来政治家がやるべき仕事を、官僚たちがやりすぎ
 に起因するとし、「政治主導は、議員の甘えと官僚側の過剰適応を招いている」と指摘。
 その上で、西川氏は「業務量を減らす」ことと「増員する」ことの2点が解決策と提示した。
 さらに、
 「意識が朦朧とした状態でまともな政策など考えられるわけがない。官僚側の意識改革が必要不可欠。自分たちの職場は“狂っている”ことを自覚せよ!」
 と訴えている。

 ……さて、いかがだろうか。

 この論考が発表された1999年から20年近くの歳月を経て、“狂った職場”は正気に戻ったのだろうか。

 「戻ってない」というのが私の見解である。むしろもっと“狂った”職場になっているのではあるまいか? 

 そもそもサービス残業が日常茶飯事であるなら正確な労働時間など分かるわけがないし、国家公務員の数は、人口比で見ると1960年代以降横ばいで、職員数の適正化が行なわれているのかどうかも疑問である。

 奇しくも、冒頭で紹介した記事で、

 誰のために働いているのかわからなくなる。上司のためなのか、議員のためなのか。議員のために働いてそれが国のためになればよいが、政治家が腐敗しているため、そうはならない。だから辞めた。(総合職、在籍5~10年、退社済み、新卒、男性)

 とのコメントがあったが、政治家と官僚の関係性に影響を与える構造的な問題に加え、政治家の質も疑問だ。

 長時間労働に加え、仕事上のプレッシャー、過剰な業務、時間的切迫度など、さまざまなストレス要因が重なると、「生きる力」が萎えて、過労自殺に追い込まれることはこれまでに何回も指摘してきた。

 以前、メンタルを低下させて休職中の人をインタビューしたときに、
 「死にたいとか、死のうという気持ちを自覚したことは一度もなかった。なのに電車がホームに入ってきたときに飛び込みそうになった。近くにいた人が咄嗟にスーツのジャケットを引っ張って止めてくれたので九死に一生を得たけど、思い出すだけ恐ろしくなる」
 と話してくれたことがある。