タイトルは「病める官僚たちー長時間労働・過労死・過労自殺」。執筆者は明治大学大学院政治経済学研究科長の西川伸一氏で、1999年12月刊行の『政経論叢』に掲載された。

 1997年の2~3月に、西川氏は内閣法制局参事官経験者の履歴を調べるために、国会図書館の資料室で毎日、『官報』を閲覧。そんなある日、「官史死亡」なるものを見つけ、驚愕する(以下、論考より)。

「総理府○官吏死亡 社会保障制度審議会事務局総務課長永瀬誠は、四月八日死亡
 敬称も付けずくやみの言葉もなく、死亡月日と死亡の事実だけを伝える冷たく乾いた活字が並ぶ。永瀬誠氏は1968年に厚生省に入省し、84年9月から88年6月まで内閣法制局第四部参事官を務め、それ以降、総理府(現内閣府)に出向していた。享年46歳。
 内閣法制局参事官といえば、主要官庁の同期入社組のなかでも一番手、二番手が出向する「昇任」ポストである。その経験者、えり抜きのキャリア官僚の在職中の急逝。死の背後に何があったのか。彼らに無念さや残された遺族のことが私の頭をよぎった」(本文より)

 そこで西川氏は、大蔵省(現財務省)キャリア出身で京都大学経済学部教授の吉田和男氏の著書『官僚崩壊』に書かかれていた次の一節を検証すべく、中央省庁の職場環境にメスを入れることになる。

 「若い人でもたくさんの主査が在職の最中か直後に死んでいる。私の年次の近いところだけでも5人も死んでいる。この10年間ほどの年次の間に主査経験したものは50人ほどであるから、一割とはきわめて高い死亡率である」(by 吉田和男)

 論考は、「不夜城・大蔵省のうめき」「長時間労働の内実」「官僚たちの墓標」と3つの“カルテ”で構成。“数字”から浮かびあがるショッキングな実態、働く人たちの証言、さらには元官僚の小説などが記述されている(抜粋し要約)。

【カルテ1 不夜城・大蔵省のうめき】
・(査定案は)期限が切られているから、睡眠時間を犠牲にするしかない。一日の残業時間は7時間、月200時間超。退庁は1時、2時、徹夜もざら。土日も100%出勤。11月、12月はひと月の残業は300時間超。
・“バカ殿教育”と批判される地方の税務署長勤務から戻ってきた30代の課長補佐は、出世競争にしのぎを削る。認められるためには、仕事ぶりで自らをアピールするしかない。
・1985年6月、30歳の課長補佐が庁舎から飛び降り自殺。92年に11月、33歳の課長補佐が横須賀の観音崎灯台から飛び込み自殺。97年8月、28歳の係長が省内のトイレで自殺。98年5月、28歳係長が大蔵省の寮で自殺。
・98年には、金融機関をめぐる接待汚職事件の調査にからんだノンキャリの職員2名が自殺。

【カルテ2 長時間労働の内実】
・若手は「無定量、無制限」で使われる。「国会待機」中、質問内容を教えてくれない新人議員に「あなた1人のために、3000人が待機している」と苦言を呈したとの逸話あり。
・残業手当ては実際の残業時間の4分の1程度。残りはサービス残業(予算で決められているため)。サービス残業を厭わない理由は「国家官僚としての使命感」と口を揃える。
・より多く仕事して認められたい、目立ちたい。エリート意識に支えられた強い出世欲がある。
・同期入社との出世競争に勝つために「入社後10年は朝帰り」