「あうんの呼吸」が、相互の信頼感を低下させている

松崎:厄年を過ぎたぐらいから人は基本的には保守的になっていきますし、キャッチアップされる不安って、やっぱり大きいんですよね。あと、“刺される”んじゃないかという、恐怖感です。

河合:さ、刺される〜!!(苦笑)

松崎:ええ、そうです。日本人同士だと、あうんの呼吸というか、絶対に俺のことを“刺し”はしないよみたいな安心感が何となくありますから。

河合:なるほど。安心感という言葉が、刺すって言葉で説明した途端、重みを増しますね。

松崎:実は、そういった多様性の低さによる「安心感」というか、「社会の信頼感」があるからこそ、震災のような危機があったときに、一致団結できて、立ち向かえるという面もある。そういう意味で、日本人のSOCはとても高いと思いますよ、多民族国家に比べたらね。

河合:確かに、SOC理論を提唱したアントノフスキーは、1980年代に書いた著書で「日本人のSOCは高い」と書いています。SOCの土台には、「信頼出来る人たちに囲まれている」という確信が必要です。でも、私は今の日本に、その信頼感があるとは、到底思えません。

松崎:アメリカってコインに刻まれているように、「多様性のなかの統一」を国の理念としている。多様性を尊重したまま統一していくことがとても大事で、そのためのアメリカの第一の命題は自由です。自由の保証。

 でも、日本って統一しないといけないよねなんていう考えは初めからないというか、必要がない。それが社会的な信頼になっているんじゃないでしょうか。

河合:私は全く逆で、それが今の日本社会の信頼感を低下させている、という考えです。

 SOCの構成要素の把握可能感(直面した出来事を説明可能なものとして把握でき、将来をある程度予測できる感覚)は、一貫した経験によって作られます。そういった意味では、日本はSOCを高くする潜在能力はあると思います。

 でも、同種同質であるがゆえに可能となった「あうんの呼吸」が、逆に信頼感を低下させちゃっている。

 私、子供のときアラバマ州という、うちの家族しか日本人がいないようなところに住んでいたんですけど、アメリカ人って、すぐ聞く。なんでも聞くんです。最初の頃なんて英語通じないのに、アレコレ聞いてくるんです。

 例えばキャンプにいきますよね。大抵、教会とかYMCAが主催するんですけど、夜になると宗教の時間みたいなのがあって、「カオルはブディストか?」って聞かれる。食事も、チキンでいいのか、ビーフでいいのかとか。ものすごく聞きまくるんです。

松崎:そうね。確かに、なんでも聞くかもしれませんね。

河合:コミュニケーションの取り方が、日本とは明らかにちがう。知らない人でも「ハーイ」と声をかけるし、買い物をしていると「そのバッグ、どこで買った?」って聞かれたり、「あなたのその靴、すてきね」と褒められたり。

 そういったマメなコミュニケーションをとることで、信頼できるリソースか確かめられるし、信頼感を築くことにもつながると思うんです。

松崎:僕ね、アメリカの大学のラボに入って2~3週間くらいたったときだったかな。うちのボスのところに「今度お前のところに入ったあの日本人は、感じ悪いな」と言ってきた人がいたんです。

 「え、何で?」と聞いたら、「全然、挨拶しない。あいつ、おかしいんじゃないか」って。でもね、僕はちゃんと挨拶していた。だから「やっていますよ」と言ったの。

 そしたら「それじゃダメだ」って。「Good morning」とデカい声で言うか、もしくは大げさなリアクションでやるか、そうしないと相手はコミュニケートしているとは思わないって。

河合:通販のCMみたいに(笑)

松崎:そう、そんな感じです(笑)。それから必ず僕の方から「Good morning!!」と大きな声をかけてコミュニケーションとるようにしたんですね。そしたらね。不思議なんだけど、それだけで「相手に背中を見せていいんだ」と思えるようになった感覚が生まれました。“刺されない”って、確信が持てた。

河合:守護霊も……。後ろからんにゅ~っと現れるんじゃなく、「おはよう!」って明るく出てきてほしいですね(笑)(「窮地のクラッシャー上司は、あの言葉を繰り返す」参照)

松崎:そうですね。挨拶は大切ですよね。

河合:元気な会社って、かならず挨拶が飛び交っているんですよね。コレ、本当に。日本人のSOCが高いかどうかは、またじっくり先生とお話ししたいですね。

次ページ 病欠は人事考査でプラス評価すべき