話題の新書『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』(PHP新書)。部下を精神的に潰しながらどんどん出世していくパワハラ上司の事例が次々と登場し、「うちの会社にもいる」と思わせる「いるいる感」に引き込まれて読み進むことになる。
著者の松崎一葉さんは、筑波大学医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授で、産業医でもある。クラッシャー上司の話はちょっと怖いけど、「松崎先生には会いたい」との河合薫さんの熱望で実現した二人の対談。
松崎さんによれば、クラッシャー上司は、自らの言動を責められると、一様にある言葉を発するそうです。その言葉に、クラッシャー上司たるゆえんがあるのです。
(編集部)
前回(クラッシャー上司、口癖は「お前のため」)から読む
「人の守護霊になる」ってどういうこと?
松崎 一葉(まつざき・いちよう)さん
筑波大学医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授。1960年茨城県生まれ。1989年筑波大学大学院博士課程修了。医学博士。産業精神医学・宇宙航空精神医学が専門。官公庁、上場企業から中小企業まで、数多くの組織で精神科産業医として活躍。またJAXA客員研究員として、宇宙飛行士の資質と長期閉鎖空間でのサポートについても研究している。「クラッシャー上司」の命名者の一人。
河合:人の守護霊になるとは、距離感の問題ということでしたが、これは上司と部下の物理的な距離感ですか? それとも心と心の距離感ということでしょうか?
松崎:両方です。つまり、部下が「河合さん」と呼んだときに、その声が届くところにいてくれて、「どうした?」と来てくれて、「おお、そうかそうか」と話を聞いてくれるイメージです。
河合:今の時代にはやっぱりちょっと、ハードルが高い気がするのですが……。
松崎:確かにそうかもしれません。ただね、大切なのは上司がそういうイメージをもてるかどうかなんです。別にいつも「どうなの? どうなの?」とか、「キミの気持ち分かりますよ」とか、「悩みは何?」とか、御用聞きに行くことじゃない。
河合:そんなウザい上司がいたら、逆に部下はどん引きしちゃうかもしれませんけど(笑)
先生のおっしゃてっていることはわかるんですが、上司も上司だけをやっているわけじゃなく、プレイイングマネジャーがほとんどなので、部下にかまっていられない場合も多い。
松崎:そうですね。それはわかる。
河合:でも、ちょっとだけ、一日一回でもいいから「部下を思い出してみろ」ってことでいいんですかね?
松崎:はい、まさしくそれが「守護霊」です。
河合:私はよく「傘の貸し借りができる、心と心の距離感を持つことが大切だ」と話すんですね。
松崎:ストレスの雨をしのぐ傘ですね?
河合:はい、そうです。「最後はあの人の傘を借りることができる」という確信を持てる関係性が重要なんです。部下にとって、それは上司で。「SOSを出せる。出していいんだ」という確信があれば、ギリギリまで踏ん張ることができて、火事場の馬鹿力じゃないですけど、自分でも思いもしなかったような力が出ちゃうことってあるんですよね。私も結構そうやって生きてきたんで。
松崎:河合さんにも、やはりそういう人が必要ですか? ひとりで何でもできるかと思いましたよ。
河合:ムリです(笑)。こんなこと言うと失礼ですけど、先生だって先生の力だけで、今があるわけじゃないですよね? 人間ってそんなに強くないし。もし「私はひとりきりでがんばってきました!」なんて胸を張る人がいたら、それはおごりだと思うんです。
松崎:確かに。そうなんですよね。うん、そうそう。クラッシャー上司の甘えは、河合さんがいうところの「おごり」と根は同じなのかもしれませんね。おごりがあるから、周囲にも許してもらえる、甘えてもいい……って考える。
河合:私は上司も部下の傘を借りてくださいって、言ってるんですね。「お前たちの力を貸してくれ」って言える上司部下関係があれば、心強いでしょ」と。
ところが、上司の中には本当は傘を借りたいけど、それをやったらかっこ悪いって思ってる人もいる。それで結果的に、雨にやられちゃう。だから、「勇気を出して部下の傘も借りてください」って。それと、雨にびしょ濡れになっている人を見たら、傘を差し出す勇気を持ってくださいって。
松崎:濡れてる人に傘を差し出すのが、守護霊です。
「いつでも相談に来いよ」というのは最低
河合:ですね。これまでインタビューしてきた人たちの中には、パワハラに遭ってウツになってしまったり、会社を辞めた人たちもいました。その人たちが共通して言っていたのが、「最初はパワハラを受けて悔しいとか、ひどいとか、すごい思った。お前は何でこれができない、なんてダメなヤツなんだ、と否定され続けていると、パワハラを受けているという感覚が段々となくなって、最後には自分が悪いんじゃないかと思うようになった」と。
雨に慣れちゃう。SOSを出さないんじゃなくて、出せなくなる。気が付くと「上司の奴隷」になってしまうんですよね。
松崎:それ、すごくわかります。クラッシャー上司につぶされた部下たちにも、そういった感じがありました。
僕はね、いつもロジャース流の受容と傾聴と共感の3ステップの中で、共感というのは受容と傾聴の末に自然に発生してくるものだというふうに言っているんですよ。
河合:現代カウンセリングの祖と呼ばれる、カール・ロジャースですね。
松崎:はい。カウンセリング理論にはいくつかあるんですが、日本では一般的にロジャース流に基づいています。カウンセリングっていうとね、なんか特別のように思うかもしれないけど、上司部下関係も同じなんです。
部下に「ちょっと相談があるんですけど」とオファーされたら、まずは受容する。「おお、いいよ」と言って、そこで自分の時間枠を明確に提供する。この行為が受容なんです。ところが、おおかたの人たちは、それができない。
河合:上司も時間的余裕がないですからね。
松崎:でもね、そこで具体的に日時を決めなきゃ共感にならない。「おお、今度な」と先送りするのではなく、まず手帳を開いて予定を確認して、「今日はちょっと無理だけど、明日の10時から10時半までどうだ」と、自分の時間枠を明確に提供する。
河合:それだけで部下はホッとしますね。
松崎:僕はね、「いつでも相談に来いよ」というのは最低だと思ってるんですね。
河合:メディア業界では「やりましょう!やりましょう!」っていって、永遠に「やる」が来ないのは日常茶飯事ですが(笑)
松崎:業界の“外交儀礼”ってやつですね。
河合:でも、先生がおっしゃるように仕事でも、「じゃあ、いついつ、これで」ってなると、それだけで何か一歩進んだような。っていうか、実際に会って仕事につながらなくてもいいんです。その人とつながる。それだけで十分。
松崎:自分が困ったときに「この人は自分に時間を提供してくれるな」という信頼感が、芽生える。まさしく守護霊です。
河合:あああ、なんかこの辺(肩のあたり)にいろんな守護霊がいる気がしてきました。
松崎:(笑)いいですね、その感覚。
彼らは一様に、「心外だ」を繰り返す
河合:ただ、部下の守護霊でありたいと思っても、ビビって躊躇する上司も多いように感じます。「こんなこと言ったら、パワハラになるんじゃないか」とか、「これをするとセクハラになるんじゃないか」って。
実際にあったんです。部下が辞めることになって、その理由を人事部が本人に尋ねたら「上司にセクハラされた」って。上司は確かにご飯を食べに行ったり、会議室で相談に乗ったこともあった。でも、それは部下が「相談がある」と言ってきたからやっただけだった。
とかく今の会社は、部下オリエンテッドなので、結局、その人は左遷されてしまったんです。
松崎:なるほど。部下も都合が悪くなると、上司を売ることがあるかもしれないですね。
僕はもっと割り切ればいいと思うんです。つまり、共感は単なるスキルだと。いやらしいといえばそうなんですけど、初めからスキルとして管理職に教育していかなきゃいけないんです。
河合:じゃ、スキルだと考えると、逆に自分が「クラッシャー上司になっているかどうか」のセルフチェックってできますか?
先生のご著書を読んで「もしや自分も?」とヒヤッとした人は、問題ないと思うんですね。ここまでの先生と私の話を聞いて、なにがしか心に刺さるものがあるはずで、それがなんらかの行動につながっていくと思うんです。
問題は「あ~、いるいるこういうひどいヤツ」とまるで他人事の人。そういう人向けに「これをやっていたらアナタもクラッシャー!」みたいなセルフチェックリストがあれば、教えてください。
松崎:そうね~、セルフチェックね……。あのね……よく「心外だ」って言う人。
河合:心外、ですか?
松崎:そうです。僕ね、何人かの本当のクラッシャー上司に対して、「あなたはクラッシャー上司ですよ」と指摘して、「あなたがやっていることは、こういうことなんですよ」って言ったことがあるんです。
そうしたら彼らは一様に、「心外だ」と言っていました。私は部下を育てようと正しいことをやっているのに、何でそんなことを言われるんだって。僕が証拠を突きつければ突きつけるほど、「心外だ」と繰り返す。
河合:チェックポイントその1。「自分の言動を責められると『心外だ』とつい言ってしまう」。
松崎:河合さんのコラムのコメント欄にも、コラムの本筋とは全く関係なく「アンタはフリーランスだから組織のことまるでわかってない」とか、「アンタは女だからいつもそういう風に書く」とか書き込む人いるでしょ? ああいうタイプは意外と「心外だ」チェックに当てはまるかもしれないですね。
クラッシャー上司って、メタ認知を全然持てない
河合:ってことは、私のことを「育ててやろう」って思ってくれてくれている読者が、多いということですかね(苦笑)
松崎:自分勝手な解釈でね。つまり、クラッシャー上司って、メタ認知を全然持てない。
河合:自分の思考や行動を客観的に把握したり認識できないということですね。だから、自分が悪いことを言ったりやっているという自覚がない。言われた方は結構、凹むんですけどね。
チェック項目はほかにもありますか? 外見とか。例えばちょっとイケメンだとか、ちょっとおしゃれだとか、何かそういうのはあるんですか。
松崎:ちょっと「変なスノッブ」が多いかもしれない。
河合:変なスノッブ??
松崎:彼らは何においても承認されたいタイプです。だから持ち物一つについても、「それは何とかのペンですね」とか、「それってイタリアのアレですね」みたいなことを言ってほしくてしょうがない。
河合:ヤバッ。私の財布、一見、渋谷の109とかで売ってそうなやつなんですけど、実はプラダなんです。それで、マルキューと思われたくないから、プラダのマークをいつもこうやって表にしているんです。私、クラッシャータイプですかね(笑)
編集Y田:河合さん、危ないな……(笑)
松崎:それがね、例えばルイ・ヴィトンでいえば、モノグラムではなくタイガを選ぶっていうか……。ブランドのロゴなどが前面に出ている「いかにも」ってものは好まない。イメージ的には、百貨店とかにある、目利きのバイヤーが選りすぐってきた商品。
河合:ん?
松崎:優れたバイヤーが、パリとミラノのマニュファクチャリングのところに行って、直接仕入れたこだわりの品って感じのもの。そんなに大量には輸入できなくて、「ここだけで販売しますよ」といったセリフでアピールする。「分かる人には分かる」がウリの、オシャレ感の高いヤツって感じなんですが。
河合:あっ……なるほど。クリエーターの方がよく持っているような。あ、クリエーターのみなさま、これまたすみません(笑)
チェックポイントその2。目利きバイヤーの選りすぐり商品が好き。ああ、これを読んだ人たち、いきなり自分の身の回りのものをチェックしますよ(笑)
松崎:ただ、今の話、あくまでもちょっとした傾向なので……。みんながみんなそうではないですし、「そうしたものが好きな人=クラッシャー上司」ということでは決してないので、その点は誤解しないでください。
河合:まぁ、あくまでも「セルフチェック」の一項目ですからね。他にはどうですか? 基本的に体力があるとか、大食漢であるとか。
自分がルールだから、自覚がない
松崎:基本的にタフですよ。人をクラッシュしていくんだから。
クラッシャー上司って「仕事ができる」から、パワハラしても、その上の上司も見て見ぬふりをしてしまう。で、部下を執拗に責め、クラッシュさせるスタミナもある。基本的には能力が高く、エネルギーにあふれています。
河合:朝からスポーツジムに通って、夜遊びしても全くオッケー、24時間働けます!という、ハイスペックな人ってイメージですか?
松崎:そういうタイプもいますね。
河合:ただし、そういうタフな人でも、「自分の外にある傘」を使える人は、クラッシャー上司とはちょっと違いますよね?
松崎:「外にある傘」とは?
河合:外的資源です。ストレスという雨に対峙する傘の置き場は2カ所あって、ひとつは自分の心の中(=内的資源)。もうひとつは自分をとりまく環境(=外的資源)。外的資源でいちばん大切な傘が、先ほどお話しした、「傘を貸してください」と言える心の距離感の近い人です。
松崎:なるほど。どんなにタフでも、自分ひとりではできないことがあると認められる人ですね。
河合:はい、そうです。所詮、人間なんてひとりじゃ何もできないし、自分の能力にだって限界がある。それを素直に認めて、他者の傘を借りる勇気を持てる人はクラッシャー上司にはならないように思うんです。一方、内的資源だけで生きてる人、要するに自信満々で、自尊心も自己効力感も高過ぎる人が行き着くのは、「自分がルール」です。
松崎:そうそう。おっしゃるとおりです。自分がルールだから、自覚がない。
河合:ただ、そういう人って、実は弱い、というか、自分の心の中のリソースだけで乗り切れないことに遭遇すると、ポキリと折れちゃう。
松崎:ええ、そう思いますよ。クラッシャー上司は、承認がもらえなくなった瞬間にエネルギーが補給できなくなるので、そこで前進が止まっちゃうんです。
僕が「クラッシャー上司」の中で書いた、事例の5番目。メーカーで地方営業所次長を務めていたDは、営業の結果は出してくるが、部下を2人をつぶし、家庭でもDVをふるう「クラッシャー」でした。その彼は、奥さんと子供が“夜逃げ”したのを機に、うつ病になってしまう。「妻の不満には全く気付かず」「部下に厳しかったのは確かだが、それもよかれと思ってやっていた」と話していました。
河合:そうですか……。
松崎:また、本で紹介した事例1のクラッシャー上司Aは、本の中では詳しく触れていませんが、最後は本人がメンタルに不調を来してしまった。何でうつになっちゃうかというとね、彼がクラッシュした若い女性社員の次に来たのが、帰国子女だったから。
河合:帰国子女が原因???
松崎:仕事はとてもできたそうです、ただ、帰国子女である彼女には、日本的な同調圧力だとか、あうんの呼吸が分からない。それで彼は余計頑なに、「お前のために鍛えてやっているんだよ」みたいな言い方でかかわろうとするわけです。
するとね、「えっ、いや、別にいいです」みたいな反応で。帰国子女だから。「暖簾に腕押し」で、その部下の業務を自分で担うようになってオーバーワークになり、最終的にはメンタルを壊したんです。
河合:そうですか……。私もそうやって、おじさんたちを何人も泣かせてきました。「クラッシャー上司対策には、河合薫を」とでも言っておきましょうか(笑)
*3月29日公開予定「クラッシャー上司が「社員は家族」を好む理由」へ続く
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