自分もクラッシャー上司であると、気づかされました

河合:ン? ってことは、先生もクラッシャー上司だったってことですか?

松崎:ある面、そのとおりです。僕がそのことに気が付いたのは、4人いるうちの1人の秘書さんが2カ月で辞めたのがきっかけです。

河合:あらら……。

松崎:僕は彼女が辞めた理由に全く気付いていなかった。他の秘書に「何で辞めたの?」と聞いたら、「体調不良でと言っています」とのことだったので、ああ、そうなんだと納得していたんですね。

 そうしたら、昔からいる秘書さんが僕のところに来て、「先生、本当は彼女が辞めたのは、先生のパワハラが原因だったんですよ」と言われてしまった。僕は「彼女に文句を言ったことは1回もないし、ほとんどしゃべったことすらないよ」と言ったら、僕がうちの準教授に厳しく接しているのを横で見ていて、怖くなって辞めたと言うんです。

 「何も事情を知らない人が見たら、あの叱責の仕方は怖いと思いますよ」って。

河合:そんなに厳しく接していたんですか…。

松崎:そのつもりは僕にはなかった。ただ、教育しなければならないと思ったときに、共感性に遮断壁みたいなものが、ぼーんと下りてきて、「これでいいわけないだろ。こんなんじゃダメだ」と厳しく言っていました。そのときに僕は身内だから、これぐらい厳しく言ってもいいと思っている。「お前のためを思って言ってるんだ」と甘えているんです。

河合:それが「岸辺のアルバム」の杉浦直樹さん。

松崎:そうです。甘えによる共感性の欠如です。

河合:あの…、共感性って最近ちょっとキーワードみたいになっているんですけど、先生の言う共感性というのはどういう定義ですか?

松崎:人の心の痛みが分かる。

河合:先生、生意気なこと言いますけど、私、それってムリだと思うんです。降ってきた雨のつらさはその人にしかわからない。東日本大震災のあとに被災地に何度も通って、私はそれを痛感したんです。

 福島県の川内村という原発の30キロ圏内でいち早く帰村宣言をした村に、1年間、村の人たちが少しでも元気になればと、手弁当で通っていました。でも、実際に現地に行くと、福島の人たちには福島の人にしかわからない苦しみがありました。

 私、川内村の人たちの励みになればと、自分が通っていた雄勝や石巻、女川の方たちの話をよくしていたんですね。そうしたらあるとき川内村民の方から、「薫さん、あれはやめた方がいいです」と。「薫さんはきっと、一緒に頑張りましょうというつもりで言っているんだと思うけど、福島の僕たちからすると、津波の人たちとは違うよという、思いがある」って。みんな薫さんの気持ちはわかってる。でも、薫さんのマイナスになっちゃうから、あまり言わない方がいいって。

 それから自分でも、共感についていろいろと考えるようになって。もちろん相手の気持ちに立つ意識を持つことは大切だと思うんですね。でも、それって実は傲慢な考えで、できることといったら横に立つことぐらいなんです。

松崎:なるほど。確かにそうかもしれませんね。

河合:今、共感という言葉がいろいろなところで使われていて、共感こそがすべてを解決するみたいな風潮もある。誰もが知っている言葉、あるいは美徳を感じる言葉って一人歩きしますよね。それがまた新たな刃を生むのではないかと。なので先生のいう共感が、何を意味するのかが知りたかったんです。

松崎:わかります。共感とは何かと問われれば、「人の心の痛みが分かる」と答えますが、共感というのは非常に難しい。河合さんがおっしゃるように横に立つことなんですけど、僕の中のカウンセリングの精神療法では寄り添うことですね。何かこの辺にいい感じの守護霊みたいなものがいる感じとよく言うんですよ。変な背後霊じゃなくて。

河合:(肩の辺りを指差しながら)ここに?

松崎:その辺に。振り返れば必ずいるって感じ。

河合:それは誰??えっと、ソレ、誰かの守護霊に、自分がなればいいんですか?

松崎:はい、共感するためには。

河合:人に共感するためには自分が守護霊になる? それもまた難しい気がするのですが……。

松崎:要するに距離感なんです。

*3月28日公開予定「窮地のクラッシャー上司は、あの言葉を繰り返す」に続く